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優勝/昇格の支度、降格の準備(後編)

INDEX

■ 優勝決定の舞台裏
■ 優勝/昇格の支度
 【メッセージ系/手数を惜しまず丁寧に】
 【物販系/キャッチコピーでブランディング】
 【お祝いもの系/大物量をキチンとさばく】
 【挨拶系/熱が冷める前にしっかりすます】
 【催事系/感謝の見せ所を意識する】
 【強化系/チーム編成は先を見越す】
(以上は前編)
■逃げられない降格当日
■降格の準備
■経営トップとしての覚悟


 本編に入る前に、一言断っておくべきこととして、今季はJリーグもBリーグも全てのカテゴリーで降格制度を適用しない決定をしている。このコロナ禍における特段の配慮と理解しているので、これから記すことは今季には当てはまらない。しかし、そのしわ寄せは、来季の降格クラブ数増加という形で現れる。それは悲しむ地域が増えるという、ある意味残酷なことかもしれない。そこを踏まえながら読んでいただければ幸いである。

 前編では優勝/昇格の際にフロントとして成すべきことを総花的に記してみたが、降格の場合の準備は前編とは大幅に異なる。それは重く息苦しい空気の中で進めなければならない、その辛さにどう耐え忍ぶかということに尽きる。私もエスパルスに就任した年に降格の憂き目を味わったが、文字通り降格間際あたりは毎日が針のむしろであった。それでも降格した時に備えて行うべきことは山ほどあるわけで、下を向く時間などあろうはずもなく、猛烈なスピードでしかも冷静に淡々と来る昇格に向けたシナリオ作りを進めて行かなければならない。今回はフロントとして行うべき降格の準備について記して行きたい。

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■逃げられない降格当日

 その日はひたひたと近づいて来る。経験上のことなので、全てのクラブに当てはまるかどうか定かではないが、降格する時には幾つかの兆候が現れる。最も顕著なのは、負けが込んでいるせいか、試合でリードしていても終盤になるとスタジアムが少しざわついて来ることだ。おそらく不安がそうさせているのだろう。また、失点後に下を向いてしまう、鼓舞する選手やスタッフがいない、練習を含め声が出なくなる、他責発言、愚痴、陰口の類いが増える等々、それはおおよそ堅いチームとかけ離れた兆候であり、結果、ひ弱なチームとサッカーを露呈する。様々な手を打ちつつもこうした状態から脱却出来ずにもがいている期間が長引いた時は、トップとしてある程度の覚悟が必要だ。

 監督交替や補強による戦力増強、強化部や選手、コーチングスタッフの鼓舞、果ては祈祷まで行いながら何とか降格回避を模索するのだが、一度狂った歯車を元に戻すのはそう簡単なことではないということを、降格する時は嫌というほど思い知らされる。降格回避と時を同じくして、降格した際に、1年で戻るための分析や方策検討をしている期間は、研ぎ澄まされた脳みそとは裏腹に身体が悲鳴を上げることも少なくない。私も降格1週間前に胃痛で眠れず救急車のお世話になったものだ。

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 それでも、降格の日は否応なしに近づき、そしてその日を迎える。スタジアムから刺すような眼差しを痛いほど感じ、フロントを突き上げる横断幕は見たくなくても視界に入り、ひとたび見てしまうと、その光景は脳裏に焼き付けられ、それは昇格するまで黒い点となって心の中に残り続ける。そうした中で迎える降格を、現場や社員に先んじて真正面から受け止め、反骨心に転化出来ない者は社長から退くほか道はない。少なくとも私はそう腹を括ってその日を迎えたつもりである。

■ 降格の準備

 降格の日からさかのぼること3ヶ月くらいだろうか、いよいよの時に備えた準備を始めたのは。準備のステップは、「弱さの分析」「一年で復帰出来たクラブの分析」「降格後の財力確保」「メッセージアウトの仕方」「不測の事態対応」といったところだろうか。ここでその細かな内容に言及しても、それはそれぞれのクラブによって異なるので、メスを入れる切り口について記すに留めることとする。

 「弱さの分析」では、個々人の基本技術、フィジカル、闘争心といった戦いの原点となる部分で一括り。核となるリーダーの存在、チーム一丸となる献身性、適宜適切な盛り上げといった組織マネジメント力で一括り。選手とサッカーのマッチング特性、スタメンの固定化、相手チームのスカウティング内容の落とし込み、控え選手との能力差、ゲーム中の適切なコーチングや選手交替といったゲームマネジメントで一括りして、その各々から選手、コーチングスタッフ、監督、強化部の問題をあぶり出していく。そしてそれが来シーズンに向けて対策するに必要な強化部や現場体制、財力といった原資を整えるアクションにつなげていかねばならない。特に監督交替や財力確保は、社長権限として自身の骨を折るつもりで取り組むのが筋と肝に銘じておくことが肝要だ。

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 「一年で復帰出来たクラブの分析」では、対象となるクラブが持つ共通の傾向をあぶり出す。降格による収益減を親会社はどの程度補填してくれたか、強化費の規模は維持出来ていたか、主力は残せたか、新たな補強規模と質は結果的に有効だったか、現場にどの程度コスト削減のシワを寄せたか、といった観点から共通点をあぶり出す。はっきりしたことは、降格減収分をなんらかの形で補い、強化費は落とさず、主力を残し、ハングリー精神を醸成するための移動手段のコスト削減(グリーン→普通車/新幹線→バス等)を行なっていた。これらは最低限の要件として、エスパルス の場合は更に降格後のカテゴリーを熟知した監督の招聘や、私が半ば祈祷師のように事あるごとに1年で戻ると言い続けて、不安や雑念の払拭に努めたものだ。

 「降格後の財力確保」では、親会社がある程度の規模を有している場合は、降格による減収分の信憑性と強化費維持の妥当性を明確にした上で、自身の進退をかけて親会社に補填してもらうお願いをするか、1年で戻ることを確約した上で法人、個人の支援者から増資を仰ぐ覚悟を持たねばならない。減収幅はちょっとやそっとの営業収益アップやコスト削減で補える規模ではない。ここは、トップが身を切る最たる場面である。一方、財力という点で、降格するまでは次年度損益計算書は、降格&not 降格の2種類を策定していなければならない。殆どのクラブが1月末決算であることから逆算すると、降格が決まってから予算編成をしても間に合わない。予算編成として管理部を中心に殆どの部署が二度手間業務となるが、社員には頭を深く下げてでもお願いをしなければならない大事な仕事と解すべきだ。

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 「メッセージアウトの仕方」で、一番配慮すべきは、迅速性、Face to Face 、双方向コミュニケーション、である。降格決定後のSNSを通じた速やかなメッセージ配信、スタジアムでは通り一遍の挨拶だけではなく、ゴール裏に出向き詳細の説明に加えて、相手の言葉に耳を傾け表情を脳裏に焼き付けておかねばならない。スポンサー法人にも出向いて行く、街角でさえも声がかかればそれに応えなければならない。降格からしばらくの間、公私がなくなるのは当たり前と覚悟すべきだ。また深い謝罪という観点から、メディア取材では「申し訳なさ感」を醸し出す雰囲気作りも必要だろう。間違っても部屋を用意したりしてにぎにぎしくやってはいけない。あくまでも囲み取材で少し貧相な場所の方が置かれた立場に相応しいだろう。

 「不測の事態対応」は、スタジアムにおけるチームやフロント社員、スポンサー関係者の安全確保だけでなく、お客様同士のやり合い等、やはり殺伐とした雰囲気から生じる様々なトラブルに対処するために、スタジアム警備の増員に加えて公安当局にも出動依頼をするものだ。ただ、私が経験した降格後のスタジアムは幸いなことに、大きな騒乱はなかった。試合後、ゴール裏に行ってお話をさせていただいた時も、刺すような眼差しは感じたが、水を打ったように静かに私の拙い話を聞いていただき、今でも深く深く感謝してやまない。

■経営トップとしての覚悟

 降格は応援する側だけでなく、される側の現場、フロント社員、関わった全ての人達にとって、とてもとても辛い出来事だ。涙も見た、怒りで震える口元も見た、肩を落とし呆然とする姿もしっかりと瞼に焼き付けた。その辛さは、降格責任の所在を詳らかにしても、その対策をしゃにむにしても、晴らせるものではなく、元居た場所に戻る「復帰」でしか晴らすことは出来ない。その最短コースが「一年での復帰」である。

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 ならばそのために、ひたすら主力を慰留し、渾身の営業で減収を最低限に留め、下を向かせず、弱気の虫を吹き飛ばす明るさと執念を、トップは持つべきだ。胃が痛いだの、怒りにさらされるのは嫌だのふざけたことを言ってる奴には喝を入れるくらいの気概をトップは持つべきだ。それが、際に立たされたトップの有り様というものだ。命まで取られるわけではないのだから、唇をグッと噛み締め心の中で「オレにやらせろ」と呟きながら、肝の据わったところを見せてなんぼの稼業と腹を括れ。そして「社員、現場、支援者、市民全ての苦痛を自身の墓場まで背負ってく覚悟」「一年後、不幸にして結果が出なかった時に、自身の進退を伺う覚悟」を見せ続けることが、大願成就のための最低限の条件だろう。その目標を達成するまで、トップは全責任を負い、孤独と戦いながら、先頭に立って進んでいくものである。

 さて、渦中のあなた、あなたにはその覚悟は出来ていますか?

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