見出し画像

感じた違和感が、自分らしい生き方へ誘ってくれる。

整体指導を初めて受けに来られた方が

ぼくのブログを読んでいただいているみたいで

「先生、マトリックスに気づいてしまいました。」

っておっしゃってきた。


彼が言っていたのは勤務している会社の業務内容が

どうも顧客のためじゃなくて

ただ会社のためのものだったと気づいてしまったらしい。


詳細は伺っていないけれど

気づいてしまったら

もう引き返すことはできない。


引き返すという選択は、自分を欺くことを意味する。


ところが自分の周囲、パートナー、家族、親、上司も含めた

全世界を欺くことはできても

自分を欺くことだけはできない。

決してね。


自分を欺いて生きていくと、すぐに目が死んでくる。

自分を欺いて生きているって、実は出来ないの。

欺いた後の世界にはもう自分はいないからね。

死んでしまった自分がいるだけ。


在宅緩和ケア医の萬田先生は

癌研の外科医になってすぐ

どうしてみんな苦しそうに死ぬんだろう?と気づいたんだそう。


感じた違和感の原因は現代医療の在り方そのものだった。

心臓停止をいかに先延ばしにするかを至上命題としているのが現代医療であることに気づてしまった。


だから、組織を出て自分でいかに人生の最期を充実させて

自宅で死を迎えるかに向き合われたわけ。

気づいてしまった自分を無かったことなどできない。

無かったことにした瞬間に自分は死んだも同然。



訪問介護では食事を摂らせることは重要な業務らしい。

その業務をしなければ大問題。

利用者を殺すつもりかと言われてしまうらしい。

ところが、認知症の老人が食事を摂ることをものすごく拒否するってことがある。


もともと祖父母が好きで、老人介護の職に就いたのに

嫌がる相手に強制して食事を摂らせることに毎回、違和感を感じるらしい。

認知症は脳の老化。

すなわち本来なら死の前触れだからね。

目の前の人がどう感じるかよりも

業務のルールが優先する世界。

いちど感じた違和感は、もう無かったことには出来ない。



たとえば現代のコールセンター。

企業のお客様相談室のほとんどは外注に業務委託していて

顧客対応やクレーム対応を電話対応している人間は企業本体の人間じゃない。

対応しているのは受注している下請け会社の契約社員という構造。

マニュアルが厳然として存在して、例外的な対応が出来ない。


本体企業の直雇用のアルバイトの方がまだ企業に感じている違和感などの意見が言えた。

下請け企業の契約社員ではなかなか意見も言えない。

だから目の前の人よりマニュアルが優先されていく。

そういう対応に違和感を感じてしまったら、もうその場には居られない。


ぼくも東京海上で交通事故の示談交渉業務に携わっていたとき

こんなことをして今回の人生終えたくない。

嫌だぁ~って感じてしまった。

給料がいいからとか

社会のためになる仕事だからとか

そんなの関係ねえんだよなぁ。

自分が嫌だ。以上。

それでいいの。

嫌だと感じてすぐに辞めなかったから

出勤して午後になると

毎日39℃近い発熱をするようになっちゃったわけ。


感じた違和感をなかったことにせず

向き合って動き出すと

マトリックスの世界を抜け出て

自分らしい生き方が出来るようになる。

そこに難しいことがあるとしたら

自分が感じたことを尊重する

すなわち自分を大切にするって選択をするって腹をくくることくらいなのかも。



※あわせて読むといい記事









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?