カメラを抱えた私たちは、撮らないことを選択した
「あぁなったらいけないと、思ってるんだよね」
カメラを脇に置いて座る彼の視線の先には、カメラで写真を撮る男性の姿がありました。
私は、彼の呟きの意図が分からず、思わず聞き返しました。
「どういうこと?」
現にあなたはカメラを持っていて、あなただって写真を撮るのに、どうしてそんなことを言うの?
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先週の土日、私は、2日間で5県を巡るという、人生初の強行旅に出ていました。
恋人に車を運転してもらい、様々な場所に足を運んでは、行く先々で私たちは写真を撮っていました。
彼も、私と同じように写真が好きなのですが、どちらかというと機材への愛も強いことから、彼はいつも大荷物で、今回の旅にもカメラやレンズを沢山持ってきていました。
そんな彼が、ある漁港に着いた時、カメラを地面に置いて座ったのを見て、私は「疲れているのかな」と思いました。
大丈夫かと尋ねると、大丈夫だと返ってきたものの、自分だけ辺りを散歩するのも気が引けて、私もカメラを置いて、彼の隣に座りました。
そうしてしばらく、私たちは大した会話もせず、ただ一緒に海を眺めていました。
何分か経った頃、背後で足音がしました。
振り返ると、私たちと同じ観光客らしき男性が写真を撮っていました。
何となくその方を目で追っていると、彼が冒頭の言葉を呟いたのです。
「あぁなったらいけないと、思ってるんだよね」
私は、彼の呟きの意図が分からず、聞き返しました。
「どういうこと?」
「あの人、写真を撮るだけ撮って、すぐいなくなると思うよ」
少し観察していると、確かに彼の言葉通り、その男性はあっという間に私たちの目の前からいなくなってしまいました。
彼の予言が的中したことに少し驚いていると、彼がこんなことを話してくれました。
「旅行に来て、写真を撮りたくなるのは当然だし、私だってそのためにこんなにカメラを持ってる。だけど、せっかくここに来たのに、"ここにいる"ってことができないのは、もったいなくない? 景色を撮って、それだけで終わらせるんじゃなくて、ちゃんと"ここに今いる"ってことを味わいたいと思うんだよね」
ここにいるっていうのは、ここにいる時にしかできないことでしょ、と哲学的なことを言う彼に、私もただただ頷くばかりでした。
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私は写真が好きです。
だから、どこに行くのも、カメラを持ち歩きます。旅行中など、ずっと首から下げています。
しかし、彼の話を聞いてから、自分もあの男性のように、もったいないことをしていたこともあるんじゃないか、と思うようになったのです。
自分の目で見るのではなく、ファインダー越しでばかり景色を見ていなかったか。
ここにいることを味わうのではなく、次の景色を見るためにすぐにその場から離れていなかったか……。
写真は、思い出を残すのに最高のツールだとも思います。
しかし、カメラを置いて、ただ海を眺めていた静かなあの時間に勝るほどではないのです。
ここにいるという感覚。
景色の中に身を置いているという感覚。
二度と過ごすことのできない時間を生きている感覚。
それは、カメラで写真を撮るだけでは味わうことのできないものなのです。
せっかくカメラを持っているのに、撮らないなんて、その方が愚かに見えるかもしれません。
でも、私たちは、写真のなかで生きられるわけではないのです。
自分の目で見て、生身の体で感じて、そうしてようやくその場所を味わうことができるのです。
だから、カメラを抱えながらも撮らないという選択をとることも大切だと思うのです。
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