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トピックス(小説・作品)

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素敵なクリエイターさんたちのノート(小説・作品)をまとめています。
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2020年7月の記事一覧

特別な日、だった

こんなにも裏切られた気がするのは、きっと期待をし過ぎてしまったからだろう。 こんなにも心揺れるのは、きっと私だけがあなたの事を好きだからなのだろう。 「ごめん、今日やっぱり会えない」 何度読み直してもあなたから来たのはこの一文だけで。それらしい理由すらもないこの単調な文に何て返せばいいのかも分からなくて。また読み返してはあなたに会えない現実だけを思い知らされる。現実から逃れたくて短く「了解」だけ送ってスマホをベッドに放り投げた。 今日はいつもよりお洒落をしたんだよ、私

【読書レビュー:リーチ先生 原田マハ】- 尊敬する師との出会いが人生を創る

こんにちは。ハピネコ(@happyneconyc)です。 ふらりと立ち寄ったニューヨークの紀伊国屋書店で見つけたのが、発売されたばかりの原田マハの文庫本、「リーチ先生」。 原田マハを初めて読んだのは「楽園のカンヴァス」で、その文体の美しさと、アーティストの作品だけでなく背景となる人生や人柄に迫るストーリーに惹き込まれ、すっかりファンになってしまいました。 そして今回の本は日本にゆかりの深いイギリス人陶芸家、バーナード・リーチ。学生のときにデザイン史で学びましたが、かじっ

へたくそでいいんだよ

「じゃあ、好きな味噌汁を選んで」 ばんごはんを作ってくれていた同居人に、 「なにかすることはない?」と尋ねたら、そんな風に返ってきた。 わたしは、言われるまま戸棚をあけて、味噌汁を選ぶ。 今日は、美味しい味噌汁を飲んじゃおう。 インスタント味噌汁は、どれも美味しいけれど フリーズドライのお味噌汁の美味しさには、毎度感動してしまう。 豚汁と書かれたパッケージを選び、 ビッと袋を破った。 切り口通り、縦に破ってそれでおしまい。 おしまいのはずだったのに。 なんで、そんな

悪魔の架けた橋

(スイスの民話より) その川には長年橋が架かっていなかった。 村人たちは橋を架けようと何度も挑戦したものの、大雨のたびにせっかく架けた橋は流されてしまっていた。 今回も村人総出で橋を渡したものの、村長が大雨の翌日に川に行ってみると、橋は一部の橋脚を残して濁流に押し流されてしまっていた。村長は無残な姿の橋を見つめて悔し涙を流す。 「ああ、なんてことだ、またも橋がこんな姿に……もはや悪魔にでも頼むしかないのか……」 がっくりと地面に膝をついて落ち込む村長の前に、ふと影が差

『シンプルな世界』二十(最終話)

二十   ついにソウに実際に初めて会う日がやって来た。いつものように和貴と愛は一緒に朝市で食材を買い込むと、すぐに自宅に戻って昼食を食べてから出掛ける準備をした。 「愛、行くぞ」 「今、行く!」  愛がご機嫌そうにヒールを履いて、玄関で待っていた和貴の腕に捕まる。彼はそんな彼女を微笑ましく思いながら、家の鍵をかけた。  目的地は繁華街を少しずれた路地裏の小さなビルにあるようだった。例の会は特に拠点となる場所は所有していないが、必要な時はシェアオフィスを活用してメンバーと会合

のぼせた人魚の嘆き。

まるで。 予告なしの打ち上げ花火。 開いた瞬間は、美しい。 空に打ち上げた想いが降り注いで。 海面に散る。 シャッター切る間もなかったから。 泳ぎながら、 集めてポケットに入れる。 言葉の片鱗から、 輪郭を創って形にする。 でもまだ、足らない。 再現できない。 浜辺に打ち上げられたのか。 それとも深海に沈んだのか。 見つからないなら仕方がないから、 別のポケットの中から言葉を連れてくる。 上手く嵌ればそれでよし。 そうでなければ、やり直し。 嗚呼。 何を考

足りないものを知ったあとのこと

月末が訪れていたらしい。 そんな感覚でいるわりには今月は長かったと感じている。スケジュール帳を見返して「えっ、あれ今月の出来事だったんだ…」のラッシュに見舞われている。 「まだ曇り空ばっかりだから8月なんて遠い先の未来」などと思っていたのだろうか。 明日から8月である。 ◇ 今月は、 (自分自身に)足りているものと足りていないものを知る という目標を立てて文章を綴ってきた。 そんな目標を立てなくても私は日々自分への戒めとして文章を書くことが多かったのだけれど、も

それぞれが思い描く未来の1年

「来年の今頃、どんな自分になっていたい?」そんな質問をされたら、なんと答えよう。秋に資格の試験があるから合格できていたらいいな…とも思うし、ずっと在宅の仕事をしているからコロナ関係なく普通に太ったのにも関わらず「コロナ太りです」といって通い始めたジムで成果がでたらいいな…なんて未来が頭の中に浮かんでくる。どうやら「来年の私」は、今の私と劇的に変わっていることはなさそうだ。 ただ、ひとつだけ大きく変わることがあるとすれば、2021年の5月8日ロームシアター京都で開催される「バ

東京の休日 #35 〜絶品のパンを素敵な空間で堪能できる大人なベーカリー&レストラン〜

実は、ごはんよりパンが好きなのです。 ヨーロッパへ旅行に行っても 日本食が恋しくならないのは そのせいかもしれません。 バターたっぷりのクロワッサン、 香ばしいバゲット、 かむほどに甘みを感じられるハード系のパン。 フランス、ドイツ、オーストリア、チェコ スイス、ベルギー、オランダは そんなパンで溢れていました。 日本でも美味しいパンを探すのが 趣味の一つになっています。 そんなヨーロッパのパン好きなわたしが 惚れてしまったのが 沢村のパンです。 以前から時々、

『シンプルな世界』十九

十九  あれから色々調べていた和貴だったが、調べる中で「ヒューマノイドとの結婚を実現させる会」というオンラインサークルの存在を発見した。ホームページに飛んでみると、そこには自分が所有しているヒューマノイドと本気で結婚を考えており、そのための署名活動や街頭演説を行なっているとのことだった。  興味を持った和貴はそのホームページの質問欄に入会希望の旨を書いて送信した。数時間後に、そのサークルから返信が来た。そのメッセージには、入会希望者には本気度を確かめるための入会前面談を行なっ

嗚呼、懐かしきわたしの

ふとした瞬間に昔のことを思い出す。 それは匂いだとか、音だとか、あるいは昔食べたお菓子の味だたか、それは否応なしに私の記憶を揺さぶるのだ。 気がつけば仕事を始めて4ヶ月。研究に明け暮れていた頃の記憶もはやぼんやりと(これは早すぎ?)する私の眼前に、かつて読んだ小説が暴力のように飛び込んできた。 山田詠美の小説をたまたま授業で取り扱うことになり、懐かしさとともに思い出したくない記憶の端々が顔を覗かせる。 私が一番彼女の小説で好きなのは「ひよこの眼」という短編だ。当時高校

曇り空に贈る

手を伸ばした先に見える景色は、まるで絵画のようだった。すぐそこにあるのに、細部までじっくり見て取れるのに、その色も、線も、何年も何年もかけて目に焼き付いているのに、決してその中に飛び込むことはできない。理想は所詮理想であると、手に入らないと諦めたとき、何よりも愛おしいと思っていたそれは一気に無価値なかたまりに変わってしまう。 狂気お腹すいた、と思うことさえ貪欲に感じる時がある。 大人になるということは妥協を覚えることなんだろう、と、理不尽を正当化するために自分に必死に理解

私を安心させるポタージュ。

先週から店は夏期休業をしていたのですが、 本日からいつも通りの営業に。 休業前はいつも、 休みの間に来られない分のカフェを堪能すべく、 お客様が来店して下さり、 休業中のおやつを購入して帰られる方もいるので忙しく過ぎていきます。 常連のお客様達は、 ゆっくり休んでねと行ってらっしゃいを 伝えに店へ足を運んでくれて、 なぜか休みの間の私に おやつを持って来て下さる方もいた。 暫しの別れをお互いに惜しみつつ、 食材もすっからかんになった所で 気持ち良く休みに入るのです。

「意味分からん」が分かるようになるまで

高校生の頃、新学期は決まって大量の教科書や資料集を持ち帰ることになっていた。 (高校在学中にリュックの肩紐が2、3度ちぎれたのはきっとその負荷のせいである。) 新学期にパラパラと見る真新しい教科書はなんだかゾクゾクした。自分の知らないものがたくさんあるような気がして、楽しみなような、怖いような、そんな不思議な気分だった。 優秀な生徒でもなんでもないので、いざ勉強するとなれば睡魔と闘う羽目になったり、やっつけで課題を出したりしていたわけだけれど。 とにかく私は「分からない