へたくそでいいんだよ
「じゃあ、好きな味噌汁を選んで」
ばんごはんを作ってくれていた同居人に、
「なにかすることはない?」と尋ねたら、そんな風に返ってきた。
わたしは、言われるまま戸棚をあけて、味噌汁を選ぶ。
今日は、美味しい味噌汁を飲んじゃおう。
インスタント味噌汁は、どれも美味しいけれど
フリーズドライのお味噌汁の美味しさには、毎度感動してしまう。
豚汁と書かれたパッケージを選び、
ビッと袋を破った。
切り口通り、縦に破ってそれでおしまい。
おしまいのはずだったのに。
なんで、そんなことになったんだろう…
なぜか、世の中のすべての理を無視して、袋は横に切れてしまった。
「なんで、わたしはへたくそなんだろう…」
グミの袋を開けたつもりで切ったのに、袋の端を切り取ってしまっただけになったこともある。
大学生の頃はじめてダーツをやったときに、なぜか真横に飛ばしてしまったときの、情けなさと、それを通り越した意味不明な感動にも似ている。
なんだかこう、当たり前とか、
みんながふつうにやってることを、ふつうにできなかったりする。
人生に於いて、そういうことは数少なくなかった。
むかしは、ひとつずつにきちんと落ち込んで、情けない気持ちになったりしていたけれど
吐き出した言葉とは裏腹に、「わたしって、こういうとこあるよなあ」と思っていた。
もちろん、ほんと少しの情けなさも、抱えながら。
「へたくそでいいんだよ」
酔っ払っていた同居人は、上機嫌でうたうようにそう言った。
「いいんだよ君は、へたくそで。それでも」
「そうなの?」と尋ねたら、「そうだよ」と言われた。
「そういうところも、べつにいいじゃないか」と、やっぱり酔っ払っていた。
このひとは、毎晩酔っ払っている。
「そうか」とわたしは答えて、キッチンばさみで袋を切った。
「手でうまく切れなくても、はさみを使えるもんね」
なぜだか、物事は上手でなくてはいけないような気がしていた。
上手より下手なほうがいい
下手は恥ずかしいことだ。
そんな風に思っていた。
なんでだろう。
わたしには、そういうコンプレックスがたくさんあった。
それを打ち砕くために、必死に「得意だと思えること」をかき集めるような人生だった。
そうか、へたくそでいいのか。
わたしがへたくそなことは、君が得意だったりするし、
別の手法で解決できればそれでよかったりもする。
なんだ、別にいいのか。
フリーズドライのお味噌汁は、やっぱり美味しい。
いつもより、そんな気がした。
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