来生 優 | Yu KISUGI 「ゆるやかな性」(亜紀書房)連載中

性や生の人類学をする、いっぱしの三十路の、もの書き。書店営業・編集者、都内大学院人類学…

来生 優 | Yu KISUGI 「ゆるやかな性」(亜紀書房)連載中

性や生の人類学をする、いっぱしの三十路の、もの書き。書店営業・編集者、都内大学院人類学研究室(ジェンダー/セクシュアリティ/クィア)を経て、ヘルスケアカンパニーで性/生にまつわる仕事もあれこれと。各地で居候しながらさだまれません。前世はタイ高僧の犬。日本タイ学会員。

最近の記事

本のカバーは日本独自の「恥の文化」?ー元編集者大学院生が、日々立つ書店で気になった着膨れ本とSDGsの足並みを、人類学的に考えてみた話

「本のカバー、おかけしますか?」 書店でこう聞かれたら、あなたはどう返すだろう。 「はい、お願いします」 「いいえ、結構です」 「袋は有料?じゃあ、いいです。カバーは、無料ですか?じゃあ……」 「自分でかけたいので、冊数分全部ください」 「カバーだけください」 書店に立っていると、おおむねこのような返答がある。レジ袋が有料化されたこともあり、そのまま持ち歩くのもなんだし、カバーは無料サービスならと、肌感覚では来店される9割方のお客さんがカバーを希望される。 日本の書店

    • 〈病気〉を人類学してみたらー三十路の婦人科検診で見つかった身体のネックレスと、来たる治療の将来と、代替不/可能性について

      「ネックレスが見えますね」 2年ぶりに訪れた婦人科で、主治医からこう言われた。(ネックレス……?)この場に、さほど似つかわしくはないワードに、耳を疑った。生理不順や不正出血が気になってはいたものの、日々の忙しさにかまけ、怠惰も手伝い、30歳を迎えた先日、節目としてようやく久しぶりに診察に訪れた。卵巣に、ネックレスサインが見え、気になる所見だという。 「ひとまず血液検査をしてみないことには……」と、その日はひとまず血液検査をして終わった。会計待ちの待合室でスマホを取り出し、

      • 性愛(対人)関係は、コスパ的〈交換〉関係なんかじゃなくって、〈贈与〉なんじゃないかと思った話ーリモート授業と、交錯しない視線と、ある人類学的備忘録

        【失われた2年】 「だって、コスパ悪いじゃないすか〜」 耳を疑った。ともに書店で働くアルバイトの学生さんと話す機会が増えた。帰途にふと、互いの恋愛事情を話す機会があった。語ったのは、大学2年生。今年30を迎えたわたしとは、10(!)もの年の差がある……。 聞けば、コロナ禍で入学し、キャンパスへ足を運んだのも片手で数えられるくらいだという。彼らが高校時代に想像していた学生生活を思えば、「失われた2年」のようなものかもしれない。 失われたのは、いわゆる対面授業の機会だけで

        • 〈正しい〉言葉遣いできなかったくらいで公開叱責される社会もそうそうないから、安心して大丈夫よ、って話ー書店でのマンスプレイニングで考えた、ささやかに抗う働き方

          〈正しい〉言葉遣いって、なんだ? 言葉遣いを、指摘される。 常に、〈正しい〉言葉遣いを、と。 大学院生をしながら、合間に働く書店。全国でも随一の規模を誇る大型書店。「学生の割にはしっかりしている」とかなんとかで、当初の予定とは異なり、不本意ながらも、棚よりレジでの接客業務を担当させていただいている(させられている)29歳だ。 先日、社員らしき男性から、言葉遣いの件で指摘を受けた。 「来生さん、気づいてる? クセでなんて言ってるか?『とんでもございません』って、言ってる

        本のカバーは日本独自の「恥の文化」?ー元編集者大学院生が、日々立つ書店で気になった着膨れ本とSDGsの足並みを、人類学的に考えてみた話

          <正>なる家族ー名付けようもない記憶が名付けられたときー

          <性>なる家族信田さよ子さんの『<性>なる家族』(春秋社、2019年)を読んだ。改めて心をえぐられ、そして思い返さずにはいられないことがあった。忘れないように、書いておこうと思う。 本書は心理相談の現場で日々来談者と個別にカウンセリングの場で向きあう著者がさまざまなエピソードを基にまとめた1冊だ。著書を読み終え、私はひとりではなかったのだという安堵とともに、同時にこれほどまでに多くのひとが子ども時代に名付けようもない傷と記憶を引き受けなねけらばならなかったのかと、胸がしめつ

          <正>なる家族ー名付けようもない記憶が名付けられたときー

          デンマーク映画『罪と女王』を観て、家族の秘密、権力構造、正義と欲望の犠牲について考えたこと

          デンマークでも話題の衝撃作※内容は、一部PTSDにつながりかねない描写や作中のネタバレを含みます。未鑑賞の方はお気をつけください。(あくまで一個人の感想としてお読みいただければ)。 デンマーク留学中の友人から「すごい作品がある」と聞いて鑑賞したデンマーク映画『罪と女王』。まず簡単に、あらすじを。 知的で愛情深い女性が、悪意と支配に染まる― 児童保護を専門とする優秀な弁護士のアンネは、優しい医者の夫と幼い双子の娘たちと美しい邸宅で完璧な家庭を築いていたが、夫と前妻との息子で

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          「家族」という名の支配ー『愛という名の支配』を読んでー

          ある女性との出逢いおかっぱヘアにメガネ姿。なんとも活発でパワフルな女性だと、小学生のわたしは衝撃をうけた。彼女との出逢いは、実家のリビング。ビートたけしらが出演するテレビ番組に一際存在感を放つ女性がいた。その女性を観た母は「女なのに、キーキー声でうるさい」と言い放ち、父は「目立ちたがり屋の女性議員だな」と言ったように記憶している。なんともマイナスイメージをもつ両親とは異なり、まったく違う印象を受けた。「わたしはそうは思わないけど……」。その一言が、両親に反対されそうで怖くて、

          「家族」という名の支配ー『愛という名の支配』を読んでー

          「ワタシを救えるのはわたしだけ」

          わたしの過去の一端を知るたびに、自分は特別な存在なのだと再認識する。自分こそが彼女を助けることができる救世主なのだと盲信し、自分勝手に突き進む。カレには、自分しか見えていないにもかかわらず、カレだけが一向にそのことに気づかない。 「カノジョを救えるのは自分だけだ」という建前と正義、使命感のもと、自らを救おうと必死な様が、わたしの目にはなんともかわいそうに映った。その行動が彼をさらに苦しめているように、わたしには思えてしかたなかったのだった。「わたしのため」というカレの行為の

          わたしは、わたしでしかいられない。

          あらためて、そう感じた映画だった。 遅ればせながら、映画『ある少年の告白』("BOY ERASED")を観た。ずっと気になっていて、観たくてしかたなかったのに、どうしても観れなかった。幼い自分の内面を振り返らずにはいられなくなるのではないかと、怖かった。(一部、本作のネタバレを含みます。未観の方は、お気をつけくださいませ) 舞台はアメリカの田舎町。あるきっかけで、「自分は男性のことが好きだ」と気づいた主人公・ジャレッド。両親にカミングアウトすると、「同性愛を治す」という危