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ウイルスというパンドラの箱をあけた人間


新型肺炎ウイルスには、いろいろな説がある。


人工兵器だの、エイズだの
様々な説が流れている。


私が前の記事を書いた時に、
このことに触れたとき、


感染の専門家のお医者さんに
「そんなのはデマ以外の何物でもない」
とお叱りまじりのご指摘を受けた。


本当にその通り。


でも、こういう風説に対して、
どう考えるのかの思考の枠組みは、
必要なことだ。


そうでないと状況に流されてしまう。


こちらのブログでも、
この質問が挙げられている。

 ①新型コロナウィルスは、人工ウィルスではないですよね?
 ②新型コロナウィルスは、エイズウイルスのDNAを持たないですよね?
 ③新型コロナウィルスは、人免疫不全の症状を起こさないですよね?


たしかに、その究極の問いを
クリアしてしまえば問題ない。


ただのインフルエンザや風邪と同じだ。


私がネガティブな記事をいくつか
書いているのも、そのためだ。


日本のある都市が、武漢化したら、
どうするかは、考えておくべきことだ。


危機も恋愛も、突然襲いかかるもの。


どう自分を処していくのかを
ある程度、シミュレーションして
考えておくことは大事なこと。


さて、


私は、この新型コロナ事件を見るにつけ、
「パンドラの箱」の話を考える。


2020年初頭、人類は
「パンドラの箱」を開けた。


このことは、一つのたとえとして、
間違いではないはずだ。


「パンドラの箱」は
ギリシャ神話で有名。


様々な画家が描いてきたことでも有名。

彼女は、技術の神、ヘーパイトスが作った
「すべてを与えられし女性(Pan-dora)」


技術で、人工的に手に入れられる
すべてを与えられた存在だ。


彼女は、人の世界にいくときに、
ゼウスに「決して、開けてはならぬ」
と、ある〈箱〉を持たされた。


最初は、開けなかった。


ところが、開けるなと言われたら、
開けたくなるのが人間の性だ。


旦那のエピメテウスが外出時に
彼女は、その箱をあけてしまった。


さあ、開けたら、大変。


この中には、あらゆる
病気・災いなどが入っていた。

そこから様々な災いが飛び出した。


病気、憎しみ、嫉妬...など、悪いものが、
黒い霧と一緒に飛び出してきた。

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やば、と、慌てた彼女は、
その箱を閉じてしまった。


しかし、そのとき、すでに中は空。

彼女は、その箱を持ち、
泣きに泣きじゃくった。

旦那エピメテウスが帰ってきて、
こう聞いた。


「どうして泣いているのだ?」


パンドラは顔をふせて、
ただただ泣いている。



すると、箱の中から
かすかに声がした。


「開けてください。私は〈希望〉です」


エピメテウスは、
恐る恐るフタを開けた。


すると、〈希望〉の女神が現れ、
空へゆっくりと舞い上がった。


パンドラとエピメテウスは、
明るい光に包まれました、とさ。


ちなみに、ここまでは
美術史では有名なので、
知っているかもしれない。


ここから先の話は
哲学でよく論題(トポス)になる話。


パンドラとエピメテウスは、
その後、大洪水に飲み込まれずに、
人間の祖になった。


エピメテウスは、

エピ(後に)
メテウス(知識)


出来事が起きた時に、
考えることを意味する名前。


私たちは、起きた出来事を見て、
事後的にしか思考することができない。


しかも、やっかいなことに、



過失=誤りを通じてしか、
人は学ぶことができない。




私たちは、今回、人類全滅とか、
大変なことにはならないと思う。


しかし、今回の出来事をどう考えるのか?


私たちは、どう認識し、
どう行動するべきなのか?


それこそが、
次に本格的に来るだろう
大洪水での生存に関わる。


しかし、ここから何を学び、
閉じてしまった箱の中から、
どのような「希望」の声を聞くのか?


それが、今、この瞬間に、問われている。

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上は、ルーブル美術館にある
かの有名なパンドラの絵。


EVA PRIMA PANDORA
「エヴァは、パンドラの前の女性だ」

エヴァといえば、
「禁断の知恵の実」を食べた女性。


アダムとエヴァを同一視したことで、
この絵は問題作だったわけだけど、
そういうことだ。


技術への過信は
人間を堕落させる。


この二人の女性の神話は、
同じことを示唆している。


さて、昔、ルーブルにいったときに、
この絵の前でかなり悩んだ。


この絵は、パンドラの箱を、
開ける前の絵だろうか。
それとも、開けた後だろうか。


左手の下にある骸骨と
その目つき考えるに、
開ける前なんじゃないだろうか。


そう思ったが、右手が楽園で、
左手が地獄だと考えると、


そのどっちでもあるかもしれない。


人類というのは、
そういう業の深い存在なんだ
ということを示唆しているのかもしれない。

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