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【小説】『奇人たちのシェアハウス』6/6

 実は初めからずっと。

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(6回中6回目:約3000文字)


アースの部屋


 目を覚ました部屋の中は、薄暗くて、ボクの目の前には目線だけで入力できるように改造されたキーボードと、4つの部屋に居間の選択ボタン、それと選んだ部屋を映し出すモニターを組み合わせた、パネルがあって、
 身体に手足は付いているんだけど、ほとんどどこも動かすことが出来ないボクの、ちょうど顔の先、ピントが合うくらいの距離に置かれていて、それ以上離れた所にある物は、ボクは、ぼやけてほとんど見えない。
 ボクが一日中横になっている、ベッドのそばに、誰かいるな今日は、ずいぶん多いなって、思ってはいたけど、お医者さんか介護の人か、お父さんが連れて来た人たちかなってボクは、もう観察されることには慣れてしまっているから。
「アース」
 ワフーラの、声みたいに聞こえたけど、そんなわけないなって目をやったパネルに、映し出された居間には誰も映っていない。
「こっちだよこっち」
「目は覚めたんだろ」
 ヘギさんに、マカリの声がして、いつもの流れでつい入れてしまったシステムの、起動音が聞こえた。
「うわ。気色悪っ」
 ってマカリが苦笑した。居間に座っていたはずの、ボクを持って来て腕に抱えている。
 はっきりとは見えていないけど、ベッドのそばの、ボクの足元から多分ヘギさん、ワフーラ、コザイさん、マカリの順に、4人が並んで座っていた。
「ドーシテ、ココニ」
 マカリに抱えられたボクからの、声が聞こえて、何か妙な感じみたいでみんなもちょっとずつ笑っている。
「どうしてってアース、あれでさよならってわけにはいかないよ」
「あとまぁ全員が直接に会った事は無くても、名前くらいは知っていて」
「講義中も選んでくる言葉がいちいち気色悪い、ってか上からがマックスでムカつく」
「ちょっとおフランス気取りのお方って言ったら」
 お父さんを、いつの間にかみんなで、捜し当てていたみたいだ。ここ数日で出来ることとは思わないから、多分4人で暮らし始めてから、ちょっとずつヒントを見つけ合って。
「オトーサン、オコラナカッタ」
「ああ。なんかギャンギャンわめいてたけど」
「嘘だよ。ずいぶん落ち込んだ感じだった」
「絶望、しちゃってたんだと思う」
 ワフーラが、ベッドの端のプラスチックで出来た手すりを、ぎゅっと握っている。
「気持ちが、分からなくもないよ。私も今日、ここで初めて見て、驚いたもの。ごめん。正直に言うね。私はあなたにさわれるか、さわりたいかって訊かれたら今はまだ、かなりためらう」
「おい」
 ってマカリが、かなりとがった声を出したけど、
「『私から真っ先に近寄ってやれ』って」
 ワフーラの声の方が、落ち着いているのにもっととがった感じに聞こえた。
「『お前ごときが誰かを差別するな』って、誰かから、言われそうで。それで、近寄ったら近寄ったであなたの方が、『コイツでいいや』って、『あとはコイツに任せとけ』って、それで済まされちゃうんじゃないかって、怖いから」
 暗、とか、ひくわ、とか、マカリが言いかけたり言い出したりしていたけど、その声も弱くて、ワフーラの声にはじかれるみたいに、聞こえなくなっていく。
「不思議でしょ? あなたから見れば、私は、手も脚もどこも問題無く動いて、健康で、大学にも通わせてもらえてそれなのに、ほんのちょっとズレてるとか、名前が変だとか、今時メガネとか、はっきりこうだって、言えるところも無いのに、みんなとどこか違うだけで、居場所が、なくなっちゃう。『気のせいだ』って『自分で思い込んでるだけだ』って、言われたって私には、本当にそうなの。そういう事ってこの時代には、確かにあるの。だけど」
 ワフーラの声が聞こえている間に、ヘギさんが、のけぞってマカリに何か合図をしていた。
「気持ちしか分からない。私は、他の誰かも居場所がなくなって仕方ないなんて思えない」
「んーっ、と」
 背伸びから戻ってきたみたいなヘギさんの、片手にはボクが収まっている。
「私は結構便利かなーって、思っちゃったんだよね。もしかして、こういうのが使えるんだったらもうちょっと、話していたかった人とか、いたし」
 ベッドの手すりにヘギさんと、向かい合いで座らせられている。
「相手が、しゃべれないとさ。ただしゃべれないってだけなのに、気持ちとか、考えなんかないみたいに、なくなっちゃったみたいに錯覚、しちゃうんだよねぇ悲しいけど。嫌だねぇ。本当は言葉なんか、そんなに欲しがらなくたって良いんだろうけど」
 コザイさんが伸ばした手に、ヘギさんが気付いてワフーラに、「回して」ってボクを渡している。ワフーラはちょっと、ためらうみたいにしていたけどやっぱり、両手で足の方から、ボクを持ち上げて、そっとコザイさんに渡していた。
 ありがとう、ってコザイさんはきちんとボクの目の先に向けて、ボクを座らせて、
「僕は、多分そんなに難しい話をしたいわけじゃなくて……」
 これは目玉が二つ並んでいる、のっぺりした白い固まりだよって、言ってくるみたいに両側から両手で支えていた。
「大事にしたいと思ってるんだ。『ちょっとヘンだな』、とか、『なんかイヤだな』って、感じた時にはきちんとそこで、立ち止まりたい」
 そしてベッドの方のボクを見て、ちょっとだけ微笑むみたいにしていた。
「理由なんか分かるように、並べ切れなくたって、誰かを説得できるほどじゃなくたって、良いだろう? イヤなものとか、ヘンなものはそう感じたって、言ったって」
 さっきから、みんなが並んでいるのを見た時から、ずっと、ボクは、泣いちゃダメだって涙がにじんできたら、脳波が乱れるから、負荷がかかり過ぎるからって、思っていて、
「警報なら切ってるよ」
 ってマカリの声が聞こえた途端に、こらえ切れなくなってすぐに顔中がべしゃべしゃみたいになった。
「切らせたんだよ。そんなもん『異常値』に設定すんなって」
「それであんただけがギャンギャン言われてたの?」
「ああごめん。さっき僕『嘘』とか言って」
「俺じゃないよ。言われてたのは」
 手すりにしがみついてうつむいている、ワフーラの、頭のてっぺんあたりがぼんやりと見える。もともとぼんやりにしか見えないのに、目玉に湧き出てくる水の壁越しに見ているから、もっとぼんやりで、ふやふやの色くらいしか分からない。
「ああいった連中は、一番弱そうに見える相手にだけ、どこまででも偉そうに出るからな」
「マカリさんが、来てくれなきゃ……、私だけが言ったって、何も、聞いてもらえなかった……」
 いや、って言い出したコザイさんにつられて、ヘギさんの声も重なった。
「他は誰も気が付いていなかったよ」
 ワフーラは、頼んだらボクに、色々な話をしてくれて、楽しい面白い話ばかりじゃなくて聞いているだけで悲しくなるような話もあって、「ごめん。警報が」みたいなことも、ワフーラの前では何回か口走ったかもしれない。
 ああ。だからボクは、ワフーラのことがみんなの中で一番、好きだったんだ。ワフーラは最初からボクを、人間みたいに。
 ううん。きっと人間だって、思いながら話をしてくれていたから。


 その後ボクが、どうなったかって? その、あと?
 フフッ。
 ごめんなさい。笑ったりして。だけど、ねぇ答え切れるわけないじゃないか。だって、初めに話したと思うけど、ボクは、
 未来からやって来たんだよ。


おわり

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