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【小説】『奇人たちのシェアハウス』2/6

 和布浦。18歳女性。

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(6回中2回目:約1300文字)


ワフーラの部屋


 ワフーラは家の外でも中でも、物知りで何か訊いたら大抵のことはすぐ答えてくれて、便利だって言われていて、
 時々コザイさんやヘギさんから、半分からかうみたいに「イケガミさん」って呼ばれている。ワフーラって名前が、ちゃんとあるのに。
 未来からやって来たボクには、ちょっと理由が分からなかったんだけど、この時代で、物知りと言えば絶対にイケガミさんなんだって。
 ワフーラはそう呼ばれる度に、ちょっと困った感じで笑っている。何も、物知りになりたくて、誰かに誉められたくてなっているわけじゃないんだ。「今時紙の本なんかいらないだろ」って、部屋を覗いてきたマカリに笑われたくらい、たくさんの本がびっしりと並んだ、本棚の中から、何年も何百回も開かれ続けたって分かる、背表紙が割れた広辞苑を引き出して、
 ワフーラはその見出しを一項目ずつ、几帳面な文字でノートにきっちり書き写している。
 言葉や漢字、みたいなものに、小さな頃からすごく興味があって、それは自分のちょっと変わった名字を調べてみた時に、ワフ、の部分がワカメのことで、つまりワカメが良く取れた海のそばの出身なんだって、へえって思ったからなんだけど、
 広辞苑の最新版が出た時に、欲しいってねだったら、家の人たちからは笑われて、
「あんなもの、買ったって読み切れるわけないじゃん」
「読めたって、覚え切れないでしょ。また忘れちゃっておんなじ言葉、何回も調べ続けるだけじゃない」
 って言われたのが子供心に、ずいぶんと悔しくて、それからはずっと口には出さなかったけど「絶対に読み通してやる」って、「しっかりと全部覚えてやる」って、思い詰めているみたいだ。
 ノートに書き写し続けていたら、記憶が定着しやすいんじゃないかって思っている。一字一句間違えずに覚え込むつもりなんかないけど、指先に腕の筋肉に頭のどこかに、ちょっとは刻まれてくれるんじゃないかって。
 正直どうしていつまでもこんな事を続けているのか、もうやらなくても良いんじゃないかって、自分でも分かってはいるんだけど、やめてしまうとなんだかこれまでの、自分というものがどこか欠けちゃってなくなってしまいそうで怖いんだって、居間に二人きりでいた時に話してくれた。
 ワフーラを呼び捨てにしているのはその時に、「呼び捨てで良いよ」って笑ってくれたからだ。
 このシェアハウスはお父さんが、いつ観ても馬鹿馬鹿しくって大笑いしてしまう、フランス映画の名作みたいだからって、『コン・フレール』って一応は名付けられているんだけど、
 どういう意味だろうって調べてみたワフーラが泣き出して、つられてヘギさんも怒り出してしまったから、住んでいるみんなはもう誰も使っていない。そして使わなくても特に問題なんか無いみたいだ。
 ボクも、そんなひどい意味だなんて知らなかったから、ゴメンねって謝って、ボクは、涙が見せられないんだけど、見せられたら良いのにって思ったくらい、ものすごく恥ずかしくて、
 あれ。お父さんが言ってくることって、いつも絶対に正しいわけじゃないんだなって、思い始めたのはその時から。

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