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【小説】『奇人たちのシェアハウス』5/6

 亜明日。12歳男子。

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(6回中5回目:約3600文字)


居間


 そこはみんなだっておんなじだと思うんだけど、ボクは自分の全身を、自分の目でそのまま見ることが出来ないから、居間の、テレビ台に座っているボクが、真っ白でラグビーボールを手のひらサイズにして立てたみたいな固まりで、目線に合わせて動かせる目玉が上の方に二つ付いている、くらいの形だってことは、あまり考えないようにしている。
 手足みたいな物も一応あるんだけど、身体にぴったりくっついちゃって動かない。付けてほしい、ってお願いしてみたんだけど、お父さんが言うには「それは次の段階だ」って。
「出来ない事を無理にやろうと意識すれば、それだけ負荷がかかってしまう」
 ボクはただ、立って歩けそうな両足が、きちんとボクに付いているのを、目のはしっこにでも見てみたかっただけなんだけど。
「ただいま。アース」
 ボクから見て正面の扉が開いて、アルバイトからワフーラが帰って来た。
「ワフーラ。オカエリ」
「今日はもうそろそろ?」
「アト、15フン。ワフーラ。ナニカ、ハナシヲシテ」
 ワフーラはボクをちゃんと、両手で足の方から持ち上げて、ソファに囲まれたテーブルの上に移してくれる。
「楽しい話とか、出来ないよ? 面白い話とか多分、分かりやすい話も」
「イインダ。ボク、ソトノハナシ、キキタイ。デモ」
「でも?」
「ワフーラガ、ハナシタクナイコトワ、キカナイ」
 みんなに着けてもらっている、リストバンドは、寝ているかどうかのセンサーにもなっていて、ボクは起きている人にだけ2時間ごとに、「アソンデ」とか「アイテヲシテ」とか、連絡することになっている。
 ボクが本当は眠っている間も、自動で。会話もある程度は、セットされてあるみたいだけど、目を覚ましてから保存されたやり取りを聞いてみると、どうも楽しそうな会話になっていない。マカリにヘギさんは、分かりやすく不機嫌になるし、コザイさんにワフーラもつまらなそうだから、起きていられる間は、ボクがきちんと話をしていようって思っている。
 2時間ごとの連絡は、無視したってかまわない。自由なんだけど、自動的に『発症中』だったって記録されてしまうから、記録も後から修正出来るんだけどだからって、わざわざ書き直したいほどの理由も無い時がほとんどだから、じゃあ出といた方がマシだって大抵はみんなそろっている。
「もっと、ランダムに呼び出してみたいんだが」
 ってお父さんは言ってたけど、それこそ「次の段階」じゃないかなって、返しておいた。あと、たまにみんなが眠った直後に呼び出してしまうのは、ものすごく悪い気持ちになるから、改良しないと。
 みんなに連絡するちょっと前に、ヘギさんがやって来た。
「ヘギサン。コンバンワ」
 おっ、と挨拶の手前みたいな声を出して、片手を上げてくる。
「ワフちゃんも帰ってた」
 うん、とうなずくワフーラの隣に、ヘギさんが座ったあたりでキッチンからは物音がした。コザイさんはまず飲み物を用意して、何人そろうか分からないけどみんなの分のコップも持って来てくれる。
 その間にものすっごくだるそうな感じの、マカリが入って来た。
「コンバンワ。マカリ」
 テーブルを挟んで、ワフーラとヘギさんの向かいに座りながら、当たり前みたいにぼやいてくる。
「何で俺だけ呼び捨てなんだよ」
「アースはワフちゃんも呼び捨てだよ」
「何でだよ。余計に気っ色悪い」
「ヨビヤスイ。マカリト、ワフーラ。コザイ、(間)ダメ。コザイサン、ツケタイ。ヘギサンモ」
「ありがと。敬意を払うべき相手が、ちゃんと分かっているのよねぇ」
「何か僕、呼ばれた?」
 麦茶のボトルとコップを乗せたお盆を持って、コザイさんがやって来た。マカリの隣だけど少し間を空けて座って、3人分のお茶を注いでいる。
「敬意を払う相手に、何でお茶用意させてんだよ。女が二人もいて」
「あんただって年下のくせに。ワフちゃんはバイト帰りでそのままアースの相手もして、忙しかったもん、ねー」
「いえ。その。ごめんなさいコザイさんにいつも」
「僕は別に。自分が飲みたいからいいんだけど」
 元から仲が良い、4人じゃない。お互い年齢も出身地も学部も、マカリにヘギさんは大学だって違うし、それぞれが、話したくはないけど「症状」を持っていて、「治療」に当たっている事だけが共通事項で、仲間意識も持ちたくないし、この先親しくなるつもりもない。
 間にボクでも置いていなけりゃどうしようもなくなるだろうって、お父さんは言ってた。
「キョウワ、ミンナニ、ハナシタイコトガ、アッテ」
 テーブルの上だけど、いつも座っているテレビ台に背を向けて置かれているから、みんなの視線もいつも通りに集まって、ちょっと下がる。
「……何だよ急に」
 前々から話そうって決めてたから、少しずつデータはセットしておいたんだけど、流そうとすると本当にこれでいいんだっけって心配になる。
「ボクワ、ミンナト、ソロソロ、オワカレシナキャ、ナラナインダ」
 文字を目で追って、一応は確かめるんだけど、聞こえてくる声にはやっぱり、ボクの気持ちが入らないから。
「モトイタ、トコロニ、カエルンダ。ダケド、ダイジョーブ。ボクノ、キノートカ、システムワ、ソノママデ、ナニモ、カワラナインダ。ミンナワ、ナニモ、カワラナイ。ココニ、クラシツヅケテ、ダイジョーブ」
「……カンベンしてよ」
 ヘギさんの声がボクの「ダイジョーブ」なんか、押しのけて重くのしかかってきた。
「あんたでもいなきゃこんな家、うっとうしいやってらんないのよ!」
 みんなそれぞれに顔をうつむけたり、目をそらしたりしている。ヘギさんも、舌打ちを残して黙り込んで、そのまましばらく静かになった。
 何か、言わなきゃって思うんだけど、何を言ったら良いのか、分からなくて、どうしようって、一人一人に目玉を向けていたら、コザイさんが顔を上げてきた。
「何も、変わらないならアース、どうして今僕達にその話をしたの」
「ソノ、ゴメンナサイミンナニ、アヤマリタクテ」
「何を?」
「(間)アノ、ボク、ソノ(間)ジツワ」
「怖ぇ怖ぇ怖ぇ。何だよ」
 大げさに後ずさってみせるマカリに、ヘギさんが苦笑する。
「ビビリ」
「うるせ」
「ミンナノ、コト、チョットズツ、ヒトリヒトリ、ミジカインダケド、データヲツクッテ、ノコシテアッテ」
「データ? おい何のだよ」
「ヤラナクテ、イイコト、ダッタンダケド、ヤッタッテ、イミナンカ、ナカッタンダケド、ダケド」
「ゆっくりでいいよアース」
「マイニチ、ミンナニ、キロク、カイテモラッテ、ジカントカ、ケツアツトカ、イロンナ、スージ、タクサン、ホゾンシテ、アルノニ、ボクガ、ミンナヲドー、オモッタカ、トカ、ドンナトキニ、ナニヲシテ、モラッテ、ウレシカッタトカ、ソーイウノ、チットモノコシテナイノッテ、ナンカ、イヤダナッテ」
「帰りたいの?」
 ワフーラの声がしてボクは、目玉を向けた。
「帰らなきゃ、いけないの? 帰るって、聞かされた時アースは、どう思ったの?」
 セットしておいた中で一番大きな、データを選ぶ。
「ウレシイ」
 ボクの目に見えているワフーラが、ちょっと、怒ってるみたいな顔になった。
「ダッテ、ボクワ、カエッテ、モットイイ、カタチトカ、システムニ、ナッテ、モット、タクサンノ、ヒトノ、ヤクニタテルヨーニ、ナレルンダッテ」
 ワフーラの、顔を見ながら、ボクの、気持ちが乗っていない声を聞きながら、首の後ろが何だかゾクッとして、聞きたくなくてもう止めてしまいたくなって、
「ソレワ、トテモ、イイコトデ、トテモ、ウレシイコトダ」
 まだ途中だったけどストップを押した。
「ダケド、ダケドボクワ、イマ、ココニイルノニ」
 ダメだって。こんな事を考えるのは、悪い事だ表になんか出しちゃいけないんだって、思ってたけど分かってたはずなんだけど。
「ミライニシカ、ボクガ、イラレルトコロワ、ナインダッテ。ミライニシカ、ボクワ、イラナインダッテ。ボクワ、ウゴケナクテヒトニ、メイワクバッカリカケテ、ダケド、ダレノヤクニモ、タテナクテ、ダケド」
 選ぶ言葉も、順番も、ルールなんかももうぐちゃぐちゃで、声には気持ちだって乗っていないから聞かせたって伝わりやしないんだって、やめたってもう黙っていたって良かったのに。
「カエリタクナイ。ダッテ、ダッテボクワ、ココニイルノニ。ダッテ、ヤクニ、タタナイカラッテ、ドーシテ、ボクワ、ダレカノコトバカリズット、カンガエテナキャナラナインダ」
 ビーッ!
 って、頭に痛く響きそうなくらいの、警報が鳴って、赤いランプが部屋中に、チカチカと点滅の影を作って、ボクの、脳波が異常値を出したんだって、きっとお父さんが慌てて駆けつけて来るから、みんなには、警報も届いてない何が起きたのか分からないだろうけど、
「ゴメン」
 ってデータだけ選んで、回線を切って、
「アー」
 ワフーラの声は途中から、聞こえなくなった。

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