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砂漠、薔薇、硝子、楽園、(25)

feat.松尾友雪 》》》詳細 序文

》》物語概要 / 登場人物紹介

》》》24.
「君は、だれ?」


>25.スグル_

「ええー?! それって、帰ってこないタイプの家出じゃないの」
スグルがぐったりと横たわるベッドの脇へワークチェアを寄せ、脚を組んで座ったリュカは、スグルの脈をとりながら、当惑の表情で感想を述べた。

「……。猫や子どもとは、わけが違うよ。彼女の場合、家出というよりは家に帰ったんだろうし、どちらかと言えば、夢から目が覚めたんだ」

スグルは、リュカの手から腕を抜いて、甲を額に乗せた。
「目が覚めた…そう…目が、覚めたんだ…。僕も、目を覚まさなきゃ、ね…」

返す言葉を選びかねているらしい、リュカを一瞥して、スグルは掌で光を遮る格好で、目を閉じた。リュカも、スグルに合わせて、黙っていた。

サーバーが、唸った。

リュカは呟くように、問いかけた。
「けど…あのコに『帰る』場所なんて、あるの?」

スグルは、目を閉じたその体勢のままで、低く応じた。
「さあね。少なくとも、僕とここにいる…いた、のが、彼女にとって『最も』安全だったとは、僕にだって断言しかねる。僕が知らないだけで、他にちゃんとしたツテがあるのかもしれないし…」
「んんー…まぁ、すっちゃんが調べて出てこないほどのツテなら、安全かもしれないわねぇ…。でも、『すっちゃんが調べて出てこないほどのツテ』なんて…」
「ない、と思いたいね。とはいえ、僕が調べて出てこないなら、僕には知りようがないわけだから…つまり、可能性は、ゼロではない」

スグルはそこで、いったん言葉を切ったが、思い直したふうに、続けた。
「彼女は、雇用主だ。僕の自信がどれくらい、僕の実力に見合ってるか、判定するのは僕ではなくて、彼女だ。危険を顧みずに、あるいはより安全な別の契約のために、彼女の側から契約解除するぶんには、なんの問題もない」

それきり、言葉を継ぐ様子のないスグルを、しばらく黙って見つめてから、リュカは念を押すように、尋ねた。
「本当に…誘拐ではない、のね?」

スグルは目を開き、その目を、指の隙間から差し込むシーリングライトの光に、細めた。
「彼女は、ひと月以上前から、野宿用にキャンプ用品を点検してた…」

わかっていてなぜ、といったふうに、怪訝な様子を見せたリュカに向けて、スグルは力なく、説明を付け加えた。
「『星空の下でコーヒーを飲んでみたい』なんて…言ってさ…僕とテラスでごっこ遊びして、それで彼女はちゃっかり、予行演習してたってわけ」
「……」
「それを、僕は…」

ため息をついたスグルに、リュカは小さく首を振った。
「仕方ないわよ。いちゃいちゃしたい年頃だもの」
それから、囁くように、付け足した。
「すっちゃんは、すっちゃんで、本当はそれで、いいのよ。ほんとなら…その年頃なんて…ねえ、それでいいはず、なのにね…」

スグルは、答えなかった。リュカはミネラルウォーターを開けて無言で手渡し、スグルも無言で受け取った。気怠げに半身を起こし、水を口に含んだ。

「で、どうするの?」
「…。何を?」
「何をって。すっちゃんと、あのコとのことよ」
「どうするもなにも…探すさ」
「あら。あてでもあるの?」
「ないけど。癪だろ。見くびってもらっちゃ困るよ…鬼ごっこは、追いかけるほうがだいぶ、得意なんだ」
憤然と答えたスグルは、リュカに複雑な表情をみとめて、尋ねた。
「…なに?」
リュカは眉を上げて、軽く、笑みを作って見せた。
「いいえ。すっちゃんは、やっぱり強いわ。元気でなにより。クールで、素敵よ」
「…そりゃ、どうも」
スグルは答えがてら、目線を、ワークテーブルに置かれた、リュカのバックパックに向けた。

「…それが…」
「ん? ああ…」
リュカはバックパックから、くすんだ銀色のボックスを、取り出した。
「『宝箱』か…。思ったより、小さいんだね。中身は…」
「やぁね。見ないわよ。もちろん危険な物体が入っていないことは確認したけど、アタシが知ってるのは、中身が紙とカードとビニル袋だけらしいってことだけ。電子錠よ。餅は餅屋よね? 触ってないの」

スグルは完全に上体を起こして、ベッドから脚を出した。

「ちょっと…動いて、大丈夫なの?」
「大丈夫かどうかは、動いてるうちにわかる」
「そう…」

リュカが譲ったワークチェアに腰を下ろして、スグルは電子錠を調べた。
「へえ。ちょろいね。かなり古いけど、市販品だ。確か…」

スグルはワークチェアに座ったまま、滑って移動し、部屋の隅の段ボールから、紙のパッケージを掘り出して、また、デスクに戻った。

「なにそれ?」
後ろから覗き込んだリュカが、尋ねた。
「君たちの表現で言うなら、『カチャッとしてピ、するやつ』だよ」
「ああ…スパイ映画みたいで大好きだったけど、…そういえば、最近お目にかかってないわ」
「近頃のはアルゴリズムが難しくて、こんなのじゃ歯が立たないからね。たしかに十年くらい前までは、このタイプの解読機は結構、出回ってたらしいよね。この錠前は、有名でね…こんなにローテクなのに、今となってはどんな言語も、通じないんだよね。誰も解読できない。謎の古代文明よろしくの、いわゆるレガシーだ。僕たち《専門業者》が、飯の種にしながらも大っ嫌いな、ね…」
「ふうん。つまりここは、『すっちゃんてば、ちゃんと持ってるなんてさすがプロ』って、言うべきところなのね?」
「そういうこと。まあ、僕がこれを使ってみたいだけで、力任せに開けても、問題はないだろうけどね」

解読機を電子錠にはめる作業にとりかかった、スグルの背中に向かって、リュカは気まずそうに言った。
「それが…言いにくいんだけど、残念ながら、力ずくで開けるには、強靭すぎるハコなのよね。無理矢理開けたりしたらその衝撃でたぶん、中身がパア。推測するに、数十年前にしては精一杯、頑張ったんでしょうけどね。逃げ道のない詰めかた、してくれたものねぇ」
「…。『数十年前』…?」
「ええ。すっちゃんが言ってた山小屋…倒壊して、埋もれてたのよ。調べたら、一帯に大きな地震があった。それが、28年前」
「そう…苦労をかけたね」
「どういたしまして。ま、たどりつきにくいだけで、危険はなかったわ。ただし、ハコのせいで探知機には、ちょっと特殊なやつが入り用だったの。悪いけど、値引きはなしよ」
「いいさ。もともと友人価格でやってもらってるわけだし、金額は、問題じゃないよ。それよりも…30年以上前…? 市場に出る前だ。『カチャ、ピ』とは、いかないかもしれないな…」

スグルは、解読機のボタンを押した。案の定、エラーが出た。スグルは思案顔で、ラップトップと解読機を繋いで、ログを漁り始めた。

「よかった…どうやら、これを通せば、挨拶程度はできるらしいね…」
「はあ。さすが、プロね」
「うん…こうなると、プロ意識なんだか、趣味なんだかね。君の筋トレみたいなもの、かな…」

スグルはやがて、他の機材や追加のラップトップを持ち込んで、本格的に取り組み始めた。デスクから追い出されたバックパックと一緒に、ベッドに流れ着いたリュカは、自分の端末をチェックすることにしたようだった。沈黙の間を、キーを叩く音が流れた。

「これを届けに、わざわざ帰国? …って、そんなはずは、ないか…」
帰る気のないらしいリュカに、スグルが尋ね、呼び水を作った。端末のチェックを終えて、銃を解体しはじめていたリュカは、手を止めた。

「うーん…ご明察、ね。それはまあ、言ってみれば、手土産よ。結局、別口で《仕事》を受けて、仕方なくトンボ返りになっちゃったの。それで、ちょっと、相談にね。とはいったものの、ねぇ…どうも相談って、感じじゃ、ないわよね…」
「どうだろ。ついでに、探せるかもしれないし…捌けるかどうかは、話を聞いてみないとわからないな。…別口って?」
「ちょっとした、密入国よ。ただし、アタシが受け取る前にどうも、攫われちゃったらしくてね…で、輸送じゃなくて、捜索が仕事になったってわけ。《ラッキー・メアリー》が噛んでるみたい」
「ふうん…怪しいな。あの人、って言っても、僕は会ったことないけど…君が、僕と組んでるのは、知ってるだろ。そんな、天敵の縄張りに乱暴に踏み込むようなこと…」
「んんん…言ってなかったかしら。難しいところで、すっちゃんにしてみれば《メアリー》は即ち邪魔者、かもしれないけど、アタシとは、腐れ縁てやつなのよ。別にお互い、好きでも嫌いでもない。アタシが運ぶ仕事、向こうは隠す仕事、どうにもこうにも、時に味方として時に敵として、ばったり、会いやすいのよねぇ」
「ああ、そういうことだったんだ…じゃあ今度、恩を着せる機会が来た時にはぜひ、『移住』を勧めてほしいな。あの人は見つけるのは結構、簡単だけど、そこからが相当、しぶとくて…知らない仲でもないから、対策を講じられてたら、今回は厄介だよ」
「そうなのよ。それで、相談というか、まあ、できればアニくんにも力を貸して欲しくて、来てみたんだけどね…」
「なるほど、残念だったね。見ての通り、この家はいま、『クリア』だ」
「そのようね。もう、困っちゃう。どうしたものかしらねぇ…」
「…? 人攫いなんだろ。急がないの?」
「それほどには。シードで参戦できたけど、なんだかんだ賞金制だし…相手が《ラッキー・メアリー》じゃ、誰がやってもどうせ、時間がかかるわよ」
「なんだか…だとしても、余裕を感じるね?」
「ま、ね。ある国の、大切な人なの。殺されはしないわ。敵に保護されてるくらいがむしろ、安全なんじゃないかしら」

弱々しく、電子音が、鳴った。

リュカがベッドで手を後ろについた姿勢から、背筋を伸ばした。
「開いた…?」
「いや、まだだよ。やっと鍵の封を解いたとこ…これから、解析…この先は、古代文明の知恵に任せてみるしかないな」
「あん。焦らすわね…」
「プログラムは、間違わない。実行ボタンを押した時点で、結果は初めから決まっていて、僕ら人間は、待つだけさ。信じよう」
「『信じる』ねえ…趣味なら、聞き逃すけど…仕事じゃ、聞きたくない言葉だわ…」

二人は、ボックスを見つめた。解析機は、はらはらと点滅しはじめたが、何も起こらない。
「なんだと思う?」
スグルはボックスの両側面に掌を当てたまま、リュカに軽く、振り向いた。

「そうねぇ。だいたいこういうのは、懐古趣味のじいさまがやって掘り返す前に死んじゃったか、そうでなければ、時間観念のない女児がお母さんとやって忘れてるものと、相場が決まってるのよ。ハコの趣味からして、じいさまのほうでしょうね。それも結構、教育の高いじいさま」
「つまり?」
「つまり、殺されないための保険で、殺されたあと取りに来るはずの人間が殺されたとか…解析で見た影からして、ありそうなのは、どうしようもない時にすがる藁かしら。新しいIDつきの島の権利書なんかだったら、折角だから、すっちゃんとバカンスに行きたいわ」
「ふうん…ワーカホリックの君にも、そんな欲求があるんだね?」
「そりゃまあ、そうよ。仕事に生き甲斐を見出してるのは、認めるわ。でも、仕事以外にすることがなくなっちゃったから、仕事だけしてるってのもある。…バカンスにでも行って、『仕事以外にすること』を探すのも、悪くないわよ」
「そう言いながら、君、バカンス先でもうっかり、働いちゃうんじゃない? 僕は絶対、働くだろうな」
「そうねぇ。すっちゃんも、ワーカホリックだものね…。今だって、どうせまた裏でたくさん、引き受けてるんでしょ」
「まあね…趣味と実益が兼ね備えられてる案件だけ、ね」
「あーあ、因果よねぇ。うちらってきっと、回遊魚みたいなものなのよ。動いてないと、死んじゃうの。バカンスはまあ、だから夢のまた夢、それこそ、藁にもすがるほどの危機に陥った時にでも、取っとくしかないのかしらね」
「そんな危機は、悪夢だな」
苦笑したスグルに、リュカも眉を開いて答えた。
「そうね。悪夢ね。夢のまた夢で、結構よ。やっぱり、ぱーっと売り払って、ひと儲けしましょ」

解析機は相変わらず、沈黙を守り、しかし気忙しげに、ライトを点滅させていた。
「《ラッキー・メアリー》の話。受けるよ」
「あら…心強いけど…安請け合いは、御免よ?」
「もちろん、受けるからにはきちんとやるよ。《アメフラシ》も、イヅルよりは下がるけど、たぶん必要十分なのを、自前で準備できる。なんといっても、《パノラマ》が休業、イヅルは長期出張、ニキは契約解除で、言うなれば僕はいま、完全なる失業者だからね」
スグルは状況を茶化しながら、解析機の光の色が緑から赤に変わったのを、注意深く眺めた。
「それに、こっちの…趣味のほうは…実のところ、話はそんなに、難しくないんだ。ただ、理由がわからない…」
スグルの言葉に、リュカは眉を顰めた。
「どういうこと?」

例の弱々しい電子音が、今度は奇妙に長く鳴り…ボックスが、空いた。

スグルは、本当に権利書らしい紙が何枚か入っていたのを、すぐ後ろのベッドに座っているリュカの膝に、放り渡した。

そして、底ポケットに挟まれている封筒を取り出して開け、そこから、古びた写真を抜き取って、ため息をつき、徐ろにワークチェアを回転させ、リュカへとそれを向けて見せた。

リュカは、調べていた書類から面をあげて、写真に視線を注いだ。そしてスグルに目を移し、ぽつりと、呟いた。

「…どういうこと?」





>次回予告_26.ニキ

「おはようございます。博士。博士は、泣いておいでですのね」

》》》》op / ed


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。