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囮たち

換気口は出口でも入口でもないから
餌でおびき出そうと頑張っても
どうせ何にも出てきませんよと
でもキミは真剣な顔で今日もお湯を沸かして
野菜とチキンで出汁みたいなものを作って
それをおびき出そうとしているようだ
私はテーブルで注意深く野球中継を観ながら
ホームランで沸く瞬間を見逃し続けながら
毎日を暮らし続けるのは嫌だなあとか
つまらない不安を肴にしながら
キミの背中をずぅっと観ながら
昨日と同じでも少し違う気がするその背中は
若い頃と違って汗が滑りにくくなっていて
夏は買い物に行くだけで背中ビッショリで
それがニオって臭くならないように注意深く
なるべくゆっくり早足にならないように
慎重に慎重に毎日をただただ歩くことで
少しずつ家とスーパーマーケットの距離を
少しずつ少しずつ縮めていきながら
真上の太陽のことを怨みながらこの街を
逃れることなく生き続けていくのだろう
そのために歩いているのだとしたらもしや
きみは私の思ってたのと全く違くて
あの換気口の向こう側にある闇から
排出されている煙のようになって
昼でも夜でもいいのだがなるべくバレない
人目につかない頃合いを見計らって
どこか遠く空の向こう側にある世界を
途方に暮れながら上っていくしか
ないのだろうかないのかもしれないなと
もしやきみはずぅっと思い馳せているのか
などという幻想が脳元まで浮かびかけた私は
きみの手の甲にある動脈の筋をなぞるような
イメージを浮かべながらリモコンを掴む
熟年夫婦タレントが温泉地を巡るという
もうコレ再放送だったとしても違和感なく
誰も気にすることなく茶の間に溶け込むやん
などと思いそうなテレビ番組がやってそうな
チャンネルにすかさずザッピングすることで
歴史軸で考えると僅かしかない命の薄さと
尊さを腹の中に入れ込む準備を急いだ



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