食事性脂質の信憑性〜脂質•エネルギーバランスの文献レビュー〜

1 基本的事項
1─1 定義と分類
脂質(lipids)は、水に不溶で、有機溶媒に溶解する化合物である 1)。栄養学的に重要な脂質は、 脂肪酸(fatty acid)、中性脂肪(neutral fat)、リン脂質(phospholipid)、糖脂質(glycolipid)及びステロール類(sterols)である。脂肪酸は、炭化水素鎖(水素と炭素のみからできている)の末端にカルボキシル基を有し、総炭素数が4〜36 の分子である。カルボキシル基があるので生体内での代謝が可能になり、エネルギー源として利用され、また細胞膜の構成成分になること ができる。脂肪酸には炭素間の二重結合がない飽和脂肪酸、1個存在する一価不飽和脂肪酸、2個 以上存在する多価不飽和脂肪酸がある(図 1)。さらに、多価不飽和脂肪酸はメチル基末端からの 最初の2重結合の位置により、n─3系脂肪酸(メチル基末端から3番目)と n─6系脂肪酸(メチ ル基末端から6番目)に区別される。二重結合のある不飽和脂肪酸には幾何異性体があり、トランス型とシス型の二つの種類がある。自然界に存在する不飽和脂肪酸のほとんどはシス型で、トランス型はわずかである。中性脂肪は、グリセロールと脂肪酸のモノ、ジ及びトリエステルであり、モ ノアシルグリセロール、ジアシルグリセロール、トリアシルグリセロール(トリグリセライド、ト リグリセロール、中性脂肪)という。リン脂質は、リン酸をモノ又はジエステルの形で含む脂質で ある。糖脂質は、1個以上の単糖がグリコシド結合によって脂質部分に結合している脂質である。 コレステロールは、四つの炭素環で構成されているステロイド骨格と炭化水素側鎖を持つ両親媒 性の分子であり、脂肪酸とはその構造が異なる。しかし、食品中ではその大半が脂肪の中に存在することやその栄養学的な働きの観点から、本章に含めて検討することとした。

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1─2 機能
脂質は、細胞膜の主要な構成成分であり、エネルギー産生の主要な基質である。脂質は、脂溶性 ビタミン(A、D、E、K)やカロテノイドの吸収を助ける。脂肪酸は、炭水化物あるいはたんぱ く質よりも、1 g 当たり2倍以上のエネルギー価を持つことから、ヒトはエネルギー蓄積物質と して優先的に脂質を蓄積すると考えられる。コレステロールは、細胞膜の構成成分である。肝臓に おいて胆汁酸に変換される。また、性ホルモン、副腎皮質ホルモンなどのステロイドホルモン、ビ タミン D の前駆体となる 1)。
n─6系脂肪酸と n─3系脂肪酸は、体内で合成できず、欠乏すると皮膚炎などが発症する。した がって、必須脂肪酸である。


2 指標設定の基本的な考え方
脂質は、エネルギー産生栄養素の一種であり、この観点からたんぱく質や炭水化物の摂取量を考 慮して設定する必要がある。このため、脂質の食事摂取基準は、1歳以上については目標量として 総エネルギー摂取量に占める割合、すなわちエネルギー比率(% エネルギー)で示した。乳児に ついては、目安量として% エネルギーで示した。また、飽和脂肪酸については、生活習慣病の予 防の観点から目標量を定め、エネルギー比率(% エネルギー)で示した。一方、必須脂肪酸であ る n─6系脂肪酸及び n─3系脂肪酸については、目安量を絶対量(g/日)で算定した。 他の主な代表的な脂肪酸、すなわち、一価不飽和脂肪酸、α─リノレン酸、eicosapentaenoic acid(EPA)並びに docosahexaenoic acid(DHA)とコレステロールについては、今回は、指 標の設定には至らず、必要な事項の記述に留めた。また、その健康影響が危惧されているトランス 型脂肪酸についても必要な事項の記述を行った。

3 脂質(脂肪エネルギー比率)
3─1 基本的事項
脂質全体には、必須栄養素としての働きはない。その一方で、エネルギー供給源として重要な役 割を担っている。また、脂質の一部を構成する脂肪酸のうち、多価不飽和脂肪酸(n─6系脂肪酸 及び n─3系脂肪酸)は後述するように必須栄養素である。さらに、脂質の一部を構成する脂肪酸 のうち、飽和脂肪酸は、後述するように、生活習慣病に深く関連することが知られている栄養素で ある。
3─2 摂取状況
平成 28 年国民健康・栄養調査における脂質摂取量の中央値は、表 1 のとおりである。 また、日本人成人(31〜76 歳、男女各 92 人)における脂質及び主な脂肪酸の摂取量(平均) は、図 2 のとおりである 2)。日本人成人が最も多く摂取している脂肪酸は、一価不飽和脂肪酸で あり、以下、飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸と続いている。

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3─3─2 生活習慣病との関連
脂質(総脂質)摂取量との関連が認められている生活習慣病は少ない。その関連が観察される場 合は次の三つの理由によるところが大きい。
一つ目は脂質が供給するエネルギーとの関連が認めら れる場合(他のエネルギー産生栄養素に差や変化がなく、脂質摂取量だけに差や変化があった場合 がこれに相当する)、二つ目は脂質に含まれる脂肪酸の中でもその割合が高い飽和脂肪酸との関連 が認められる場合、三つ目は炭水化物(特に糖)との関連が認められる場合〔炭水化物(特に糖) 摂取量と脂質摂取量の間には通常かなり強い負の相関が存在するため〕、のいずれかである。
例えば、脂質(総脂質)摂取量の制限が体重減少に与え得る効果を検証した介入試験のメタ・ア ナリシスでは、介入前の脂質(総脂質)摂取量が 28〜43% エネルギーの集団において有意な体重 減少を観察している 3)。

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