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ヴィロンの森 第七章(前編) ヴィロンの国の演奏会

舞踏会の二週間前に関わらず、再び、外出が許されたので、少女は兄のオーギュストと、また、弟のアレクサンドルと再び森に向かいました。

木のアーチをくぐるとラルフはすでに見るなり、笑顔で手を振ってきました。
そして、
「来てくれたんだね」
と嬉しそうに言います。
「ククル!」
ちょうど向こうからククルが走ってきたので、アレクサンドルはそう叫ぶなり、駆け出しました。
出会うなり、ククルが飛びついてきたので、アレクサンドルはそのまま抱きとめます。
「また会えたね。嬉しいよ」
アレクサンドルがそう言うと、ククルは尻尾を思いきり振って、顏をなめてきました。
「あはは、くすぐったい」
「本当に仲良くなったわね」
嬉しそうにアリアンヌが声をかけます。
「本当にまた会えて嬉しいよ」
少年はニコニコとしながら三人に言いました。
「こちらこそ。ずっと行きたかったんだ、な、アリ」
「えぇ」
アリアンヌはそう言うと、少年を見ました。
この間、お城のバルコニーで一緒にダンスをした時に、抱き抱えられたことなどをずっと考えていて、その度、気恥ずかしい思いを感じていたのですが、今日、改めて少年を見ると、さらに胸がドキドキするように思いました。
少年はオーギュストとしばらく話していましたが、ふと、アリアンヌの視線に気付いて、アリアンヌを見ました。
けれど、少女は視線が合うと、つい目をそらしてしまいます。

いけない、目をそらしたらラルフがどうしたんだろうって思うわ……
そう自分に言い聞かせますが、なかなか目を合わせられません。
「そうだ、アリ、ラルフにプレゼントしなくちゃ」
オーギュストがそう言ってきたために少女ははっとし、
「そう、あなたにプレゼントがあるのよ、ラルフ」
と言い、ポケットに手を入れました。
「本当!? 何だい?」
アリアンヌはポケットから革袋を取り出しました。
「これなのだけど……」
そして、袋から先日、博士からもらった銀貨を出すと、そのまま渡しました。
「これは!」
少年の目がらんらんと輝きました。
「あなたの一族にとっては、とても嬉しいものだって聞いたのだけど……」
「いかにもそうだよ!  これは、非常に最高なプレゼントなんだ」
嬉しそうに少年はそう言うと、アリアンヌを見てきたので目が合いました。
今度は目をそらさず、少年を見ますが、少女の中で、嬉しさと恥ずかしさが一気にこみあげてきて、段々と、顔も熱を持っているかのように思ってきました。

少年は、再び銀貨に目を戻すと、しばらく嬉しそうに銀貨を見ていました。
少ししてから
「どうしたものか。このお礼をしなければ」
と言い出しました。
「お礼だなんいいのよ。気にしないで」
「いや、僕らの国では、こういう時、必ずお礼をしなければならないんだ」
そう言うと、うーん、と少年は考え込みました。
その間、アリアンヌは彼の顔をじっと見ていました。
ーー白い肌、端正な顔立ち。長い銀髪、そして透き通った瞳ーー再び、この間みたいにとても澄んだ、あの瞳を見たら? じっと見られたら? 心が吸い込まれてしまうのではないかしら、と思いながら。
「そうだ!」
しばらくして少年が思いついたかのように、小さく叫びました。
「今から、三人を宮廷に招待するよ」
「そんな突然行っても大丈夫なの?」
オーギュストが尋ねます。
「うん、大丈夫。それだけの物をもらったから」
「銀貨は、そんなに君達にとって嬉しいものなんだね」
「うん。そうなんだ。王妃様も見たらとてもお喜びになるよ。そうしたら、今から行けば、夕方までには戻ってこれるけど、どうだい?  時間の感覚がこちらとは違うんだ」
三人は顏を見合わせます。
「できたら、もうちょっと早く戻ってこれないかしら?」
アリアンヌが言いました。
「あぁ。大丈夫だよ。そしたら、今すぐ行こうか。アレク、ククルをそのまま抱いて連れていってくれるかな?」
「もちろん良いよ」
アレクサンドルはククルを抱いたまま、うなずきました。
「オーギュストもついてきて。アリ、お手を」
ラルフが手を差し出したので、アリアンヌはドキドキしながらその手を取ると、温かな手の温もりを感じました。

四人と一匹はそのまま、小道に入って行きました。
ラルフとアリアンヌを先頭に歩いて行きます。
陽の光もたまに差し込んでいますが、辺りは大分薄暗く、少し薄気味悪く感じます。
さらに道はずっと続いているかのように見えたので、ラルフを除いて、三人は段々と心細くなっていきました。
「ずっと歩いていくように見えるわ。本当に夕方まで戻れる?」
アリアンヌが心配になり、ついに少年に声をかけました。
「大丈夫」
そう言い、少年が、ずんずん進んでいくので、三人は不安に思いながらも黙ってついていきました。
気づけば辺りは、より木がそびえたち、藪(やぶ)は深く生い茂ってきました。陽の光はまったく届かなくなり、より空気がひんやりとしています。
さらには、しんとした中、虫の鳴き声が響いていますが、時には、何か聞いたことのない音も聞こえてきます。
少女達は落ち着かず、特にアレクサンドルはククルをギュッと抱きしめながら、今にも泣きだしたい気持ちでいっぱいになっていました。ククルは顔をあげ、時たまアレクサンドルの頬をなめています。

「やぁ着いた」
少年がそう言うが早いか、三人は不意に道が広くなり、また、辺りが大分明るくなったことに気づきました。
不思議な事に、先ほどまで、草が時に体にふれるぐらいすぐ近くにあったのですが、今や手を伸ばしても届かない位、向こうにある事にも気づきました。
また、今まで大きな木がそびえ立ち、陽の光を遮(さえぎ)っていましたが、今や低い木が立ち並んで遮るものがないため、陽の光がまんべんなく、この辺り一面を照らしていました。

少年は立ち止まり、口笛を大きく二回吹きました。
すると、向こうから何かがかけてきて、近づくにつれ、その姿がはっきりとしてきました。
「白馬だわ」
それは、二頭の白馬でした。近くまで駆けてきて止まると、前脚を上げ、大きく鳴きます。
「僕の国の馬達だよ」
ラルフはそう言うと、馬達に近づき、その頭を撫でました。
三人も、馬達に近づいてその体に触れてみましたが、三人とも馬たちの毛並が今までに触ったことのないほど、非常に艶々(つやつや)としていたので、とても驚きました。
また、その瞳も、透き通るようなサファイアの色をしていたので思わず見入ってしまいました。
「僕の前にアレクサンドルが乗り、オーギュストの後ろにはアリを。二人ともよくつかまっているんだよ」
少年がそう言い、二手に分かれ乗馬します。
白馬は透き通るような声で鳴くと、すぐに走り出しました。
「城の馬とはまた違う乗り心地だ。そしてなんて早いのだろう」
オーギュストが感心したように言います。

周りが、体験したことのない速さで遠ざかっていきます。
辺りは白っぽくなり、先程まであった木々や藪らしきものは全く見当たらず、メゾンらしきものがたまに、ぽつぽつと見えるくらいでした。
二頭の白馬は、隣合わせで走っていたので、時々アリアンヌは右手を見て、ラルフとアレクサンドルの様子を見ていました。
アレクサンドルは、ククルを抱えたまま、見たことのない景色にはしゃぎ、後ろを振り返っては、ラルフに何か言っています。
しばらくして、馬の駆ける速度が遅くなってきました。
そのため、辺りが段々、はっきり見えてきて、石造りのメゾンがアリアンヌ達の目に入ってきました。
メゾンは両手左右に、立ち並んでいましたが、家それぞれが色鮮やかなのもあり、まるでお菓子の家が立ち並んでいるかのようです。
「可愛らしいお家。こんなお家、見たことがないわ......!」
アリアンヌは辺りの家を眺めながら、感心したように言いました。
石が敷(し)き詰められた歩道が続き、広場らしき場所もはるか向こうに見えてきました。

四人は、広場に出たところで馬から降りました。
「アレクサンドル、ありがとう。もうククルを下ろしていいよ」
ラルフがそう言ったので、アレクサンドルはククルを下ろします。
アリアンヌ達が見ると、広場の中央にはフォンテーヌがあり、その周りで、五,六歳くらいの男女の子ども達が楽し気に声をあげて遊んでいるのが見えました。
「やぁ、皆」
少年が声をかけると、子ども達がぱっと振り向きました。
「おにいちゃんだ!」
子ども達の一人がそう叫ぶやいなや、皆、ラルフの元に走り寄ります。
「ラルフおにいちゃん、おにいちゃん! きょうはみずうみはどうだったの?」
「きょうもふえをふいてちょうだい」
「ぼくね、ちょっとだけふえふけるようになったよ」
子ども達が口々に言いました。
「みんなみて!」
ふと、子ども達の一人が三人に気付いて声をあげました。そして、誰かがあっ、と声をあげると一斉(いっせい)にラルフの後ろに隠れました。
「こらこら。悪い人達じゃないよ」
「だれなの?」
子どもの一人がラルフの後ろから少し顔を出して、アリアンヌ達を見ながら尋ねます。
「ほら、前に動物達に優しくしてくれる人がいると話しただろう?  あのお姉ちゃんがそうだよ」
子ども達は思い出したようで、すぐに顔を明るくし、そして少女を見ました。
「こんにちは」
アリアンヌがニコリとして言うと、子ども達は一斉に笑顔になりました。

そして、子どもの内、一人がアリアンヌに近づくと、残りの子ども達も近づいてきました。
「こんにちは」
声をそろえて可愛らしく返事をします。
「ねぇねぇ、おねえちゃんでしょ? エマにやさしくしてくれたの? おんなのこだって、エマがいっていたもの! なんていうおなまえなの? こっちのおにいちゃんたちも!」
親しげに一人の子が話しかけてきました。
「私は大した事はしていないわ。ただ、エマとは仲良しなの」
アリアンヌは再び、子ども達に微笑みかけます。そして、ふと子ども達の髪色が皆、黒色で、また瞳が濃いブルー色である事に気づきました。
「ねぇ、おねえちゃんたちのおなまえは?」
再度、子ども達の一人が聞き直しました。
「そうだったわ、ごめんね。私はアリアンヌよ。彼らは私の兄のオーギュストと弟のアレクサンドル。彼らもエマとは友達よ」
「アリアンヌおねえちゃんと、オーギュストおにいちゃんと、アレクサンドルおにいちゃん!」
子ども達は嬉しそうに叫び、何人かが三人の手を取りました。
「おねえちゃん、こっちへきて。いっしょにあそぼう」
そう言い、引っ張り合います。
「こらこら。お姉ちゃん達は今から宮廷に行くから駄目だよ」
少年が見かねて止めに入りました。
「そうなの?」
残念そうに子ども達が少女達を見上げます。
「ごめんね、でも、また来たらその時、うんと遊ぼう」
アレクサンドルがそう言うと、「うん!」と子ども達が嬉しそうに言いました。
「あぁ、誰か。ククルをレオの家に送り届けてくれないかな?」
ラルフがそう言ってククルを抱き上げると、子ども達の一人が「ぼくがいく」と言ってきたので、その子に預けました。
「ククル、またね」
アレクサンドルが名残惜しそうにククルにさよならの挨拶をすると、ククルはクゥンと鳴きました。
                                                  (第七章 後編に続く)

【注 釈】
らんらん: 光り輝くさま
端整: 容姿が美しく整っていること
ずんずん: 人が勢いよく進んでいく様子
そびえ立つ: 高くたっている
藪: 草木がまとまりなく生い茂っているところ
生い茂る: 草木が育って枝や葉がすき間がないほど重なっている様子
遮る: 間を隔てて見えなくすること
まんべんなく: すべてにわたって
毛並み: 毛が生えそろっている具合
艶々: 光沢(こうたく)があって美しいさま
メゾン:  家 フランス語 maison
ぽつぽつ: 物があちこちに少しずつある状態にあるさま
石造り: 石でつくられた物
目に入る: 自然に見えること
敷き詰める:  すき間のないように敷く
フォンテーヌ: 噴水 フランス語 fontaine  
一斉に: 同時にそろって物事をするさま
名残惜しい: 別れがつらく、心残りをするさま

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