ニッチな領域で広いコンセプトを抑える−− スタートアップが特許を役立てる方法
特許をはじめとした知的財産権は、さまざまな事業の独自性を守るために活用されています。大企業には知財部などの専門部署があり情報を統括していますが、人手の少ないスタートアップでは、自分達の発明や利益を守るためにも工夫が必要です。
スタートアップが特許をビジネスに役立てるためには、どのような考え方やアプローチが必要なのでしょうか。ライトハウス国際特許事務所所長を務める田村良介氏に、スタートアップと特許の付き合い方について伺いました。
――特許とビジネスの関係をどのように考えるべきでしょうか。
特許を取ることと、それが企業にとってプラスになるかは別の話です。出願にも費用がかかりますから、その特許が企業の収益にどうつながるかを考えなくてはいけません。技術起点で特許を取ることは間違いではありませんが、あくまでビジネスありきで特許をどのように取得していくかを考えていく必要があります。
新しい事業や商品を開発する際には必ず、ニーズやウォンツと、それを解決するためのコンセプトがあるはずです。個別の事業や商品の作り込みは、あくまでコンセプトを実現するための手段でしかありません。コンセプトを実現するための無数にある選択肢のなかのひとつで特許を取ったとしても、競合をけん制できるような有効な特許にはならないので、できるだけコンセプトに近い部分で特許を取ることをお勧めします。
――特許で抑えるべきコンセプトは、どういった粒度で考えれば良いのでしょうか。
スマートフォンのアクションパズルゲーム、パズルの仕方が特徴的です。
同じ色のオブジェクトを揃えると、キャラクタが敵を攻撃するといったゲームを例にするなら、「パズルゲームにおいて、所定の条件が満たされると、所定のアクションを実行する」といった程度の概念とします。
必殺技を出すだとか、キャラクタが攻撃をするなどの詳細は盛り込まず、「所定のアクション」程度の表現で考えていきます。パズルの内容も、限定する必要はないです。
ひとつ具体例を紹介しましょう。とある賃貸サービスで、退去時の立ち会いを簡略化するために、ユーザーがスマートフォンで写真を撮り、アプリを経由して送信することで退去を完了にする仕組みで特許を取得しました。
その特許には、対象が「退去支援システム」であることと、「入居者が端末からサーバに情報を送り、それを受け付けると退去の手続きが完了する」といったことだけが明記されています。スマートフォンではなく「入居者端末」、写真ではなく「物件内の状態に関する情報」といった表記を用いた、サービスの具体的な内容ではなく、根本のコンセプトを対象とした特許になっています。
ここでのポイントは、退去時というニッチな状況を指定していることです。これが商取引全般に広がってしまえば、既存の特許と重なり、取得は難しかったでしょう。発想は単純だったとしても、それをニッチな領域に持ち込むことで、価値の高い特許を取ることができます。
――領域のニッチさと、そこに持ち込む手法のシンプルさが、コンセプトに関する特許を取る上で重要な視点なのですね。スタートアップが自分達の立ち位置を確認するためにも有効な視座だと感じました。
開発者の方がこうした抽象化の感覚を身につけるのは、なかなか難しいと思います。弁理士はコンセプトを抜き出すことを得意としているので、技術的な詳細を詰める前に、ぜひ早い段階で相談してみてください。
早めの相談には他にもメリットがあります。例えば早い段階で他社特許の動向を調べておけば、仮に競合他社が自社技術に近い内容の特許を取得していたときにも、開発の中止や方向転換などの対応を取ってリスクを回避できます。
相談の結果、特許を出願しなかったとしても問題はありません。開発の経緯を特許事務所や弁理士が把握することで、将来的に良い特許を取得するベースになっていくはずです。
――スタートアップが成長していく過程で、特許として押さえておくべきポイントに変化はありますか?
どんな段階であっても、特許を出すために新しいアイデアを考えるという発想ではうまくいきません。普段の仕事の中で課題を見つけて、その解決策をベースにして広いコンセプトを検討していくという発想が共通して必要です。
その上で、未開拓な分野であれば、コンセプトに近い部分で特許を取りやすく、コモディティ化している分野であれば、技術的で現状を改善するような特許になりやすいという特徴があります。
スタートアップであれば、製品化する前段階のアイデアにこそコンセプトで特許を取る価値があるのですが、その段階では、特許を取得するための費用を十分に捻出できないという課題も抱えています。この大きな矛盾を乗り越えていくために、特許を出願するときにだけ弁理士に相談をするのではなく、弁理士との顧問契約や、開発段階でのスポット相談など、さまざまな工夫で対処していく必要があります。
取材・文:淺野義弘
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