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【一部始終】第十三話 ~決~
どれくらい時間が経ったのか、分からなかった。
僕はのっそりと起き出し、まずトイレに行った。身体が空腹を訴えていることにも気付いていた。
こんなときにも生きようとしている自分の身体が憎かった。
いっそ死んでしまいたいと何度も思ったのに、それだけでは消えられない厄介さを呪った。
水道水をコップに注いで、飲んだ。
僕の身体が自然と机に向かい、ノートパソコンの電源を入れた。
カーテンを閉め切
【一部始終】第十二話 ~失~
美華子は口を挟むことなく、僕の話を聞いていた。
まどかの名前が出たとき、少し寂しそうな顔をして、自分の名前が出たとき、大きく目を見開いた。坂本直の名前が出たとき、下唇を噛んだ。
今更隠し事をするつもりはなく、起こったことをありのままに話した。占い師のことも、水晶に映る映像のことも、すべてだ。
僕はずっと誰かに話をしたかったのかもしれない、と思った。
それまで僕の中にだけ存在していた占い師
【一部始終】第十一話 ~落~
その騒ぎは、『この君』の映画が公開され、タイミングを合わせて『真実』の書籍が発売されたときに起こった。
SNSに疎い僕はすぐさまその騒動を知ることはなく、多少の間を置いて、美華子からのメッセージで知った。
『あなたの作品が盗作だって騒がれてる』
心臓がきゅっと握り潰されたような感覚だった。息も出来なくなり、背中からわっと汗が流れた。手足が震え、その場にへたり込んだ。
頭に浮かんだのは占い師
【一部始終】第十話 ~浮~
翌日、昼近くなってようやく、新しいスマートフォンを購入するためショップへ向かった。
本当は執筆を中断したくはなかったが、唯一の連絡手段であるスマートフォンを失うのはさすがに困る。徹夜明けの目に日差しが刺さる。思わず目を細め、俯いて歩いた。
鈍く痛む頭で店員の話を聞き、勧められるがまま新しい機種に機種変更の手続きを済ませた。ショップを出るころにはもう夕方になっていた。
家に帰ってデータの引継
【一部始終】第九話 ~圧~
それでも書けなかった。
美華子と会い、金井さんからもアドバイスをもらい、いい刺激になったはずなのに、短編も長編も、一向にまとまらない。
ノートパソコンの真っ白なディスプレイを前に浮かぶのは、次回作の話をする美華子の姿だった。
僕に奪われたご当地ミステリーに関しては、「本当は私も狙ってたジャンルだったの」と悪戯っぽく笑いながら言っただけで、特に僕をとがめることはなかった。既に次作の構想に入っ
【一部始終】第八話 ~転~
『福岡シリーズ』の連載が始まった。評判は上々らしい。
僕の評価も金井さんの評価も高かった作品ではあったが、実際掲載し、読者の目に触れるまでは緊張していた。僕と金井さんの評価が正しかったことが証明され、僕はほっと胸をなでおろした。
『この君』の実写化の話も公になり、野々村太陽の名は以前より知られるようになった。作家人生のスタートは、順調な滑り出しを見せていた。
しかし、中の人である野々村悠希の人
【一部始終】第七話 ~狂~
家に帰った僕は、急いでノートパソコンを開き、新規の文章ファイルを立ち上げた。タイトルは『ご当地、人が死なないミステリー』。保存して、身体をベッドの上に横たえた。
あの占い師と会うと、やたらと疲れる。体力を吸われているのかもしれないな、と思い、笑った。それならそれで仕方がない。僕が選んだ道なのだ。
うとうとしながらふと左手の薬指を触った。指輪がない。
そうか、僕はまどかとの大切な思い出と引き
【一部始終】第六話 ~詰~
大賞を受賞した作品の書籍化作業を終え、僕の担当となった丸谷文庫の編集、金井さんと連絡を取り合い、次作の執筆にとりかかった。
大賞をとった『この先も君と』に登場した主人公の友人に焦点をあてた作品で、略して『この君』の続編と銘打っている。
大学へ行く時間を犠牲にし、アルバイトのシフトを元通り週三回に戻し、空いた時間を執筆に充てた。
時間はあるのに、筆が進まなかった。それでも書かねばならなかった
【一部始終】第五話 ~熱~
僕はとにかく小説が書きたくなった。
今取り組んでいる完成間近の異世界転生ミステリー小説を中断することに決めた。
ジャンルは全く変わるけれど、五十嵐先生の望む青春小説をなんとしても仕上げたい。
そうだ。ヒロインの名前はまどかにしよう。
新しい小説の案が次から次へと頭の中で弾けて繋がり、ぶつかりあってまた新しい塊になる。
頭の中が新しい物語に支配されている。一刻も早く文字にしたい。
立ち
【一部始終】第四話 ~再~
アルバイトを終えた僕は、駅までの道を歩いていた。
まどかの誕生日以降、僕らの関係は良好過ぎるほど良好だった。
まどかの友人たちにも褒められた。「意外とやるじゃん」の言葉に込められた自然な侮りには少し引っかかったけれど、まどかがそれを咎めることもなく、僕もことを荒立てたくなかったので、気付かなかったふりをした。とにかく、まどかが喜んでくれればそれでいい。
あのとき水晶に映った映像は、実際の出