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おまけ② Propeller Throwing プロペラ飛ばし


ルチアーノ、いよいよ森に到着かというところで今度はせわしない勢に出くわします。
紅葉したモミジが出てくるので、当初秋のシーンとして書きました。
ところが調べるとモミジの種は夏の間に収穫可能なようだったのでその辺を変更しました。
というわけで、プロペラ飛ばし張り切ってまいりましょう。

まだ読んでいない方。
本編はこちらから → 短編小説『
ルチアーノ -白い尾のオナガ-
おまけ①はこちらから → 『
Treasure Hiding 宝かくし


Propeller Throwing プロペラ飛ばし

「あんなに大きな森になら、尾羽を青くする方法を知っている誰かがいるはずだ」
ルチアーノは両翼に力を込めた。
森に近づくにつれ、羽に染みついていた潮の匂いは薄れていった。

ブーン

聞き覚えのある羽音だった。
「蜜蜂だ。気をつけないと」
ルチアーノは身構えた。
すると数匹の蜜蜂がルチアーノを追い越していった。
やり過ごせたかと思っていると、羽音はどんどん大きくなっていった。
振り返ると蜜蜂の大群が向かってきていた。
咄嗟によけたが、蜜蜂達はそんなルチアーノに気づいていないようだった。
「目当ては僕じゃなかったみたいだ」
大群は風船の様に膨らんだり、ひもの様に細くなったりしながら、真横を通り過ぎていった。
黄色と黒のしま模様の大所帯に、ルチアーノの目はちかちかした。
最初に追い越していった蜜蜂が青々としたモミジの葉に降り立ち、ごそごそと葉の間に入っていった。するとそこになっているプロペラのようなものに前足でぶら下がった。
「えい!」
蜜蜂はぐいんと腰をひねって反動をつけ、勢いよく回転し始めた。
茎が捻じれきると今度は勝手に反時計回りでひゅんひゅんと回り出し、根元がぶちっと切れて宙に放り出された。
「ふん!」
「はっ!」
蜜蜂達は次々に左右に張り出すプロペラをつかんで回り、茎が切れるとくるくる回りながら飛んでいった。
「何をしているの?」
ルチアーノはちょうど真横を飛ばされていく蜜蜂に聞いた。
「頼まれごとだよ。こうやって種を飛ばしているんだ」
見るとプロペラの根元にはぷっくりと膨れた種が入っていた。
「どこまで行くの?」
「結構遠くまで行けるよ。僕らは羽があるし、途中で風も手伝ってくれる」
びゅんと風が吹いた。
蜜蜂はあっという間に見えなくなり、ルチアーノは慌てて後を追った。
「僕、尾羽を青くしたくて別の森から来たんだ。何かいい方法知ってる?」
「風まかせってのはどう?」
プロペラにつかまって、あちこちに運ばれていく蜜蜂達を見ていると、それもいいような気がした。
「このへんかな」
蜜蜂がプロペラから手を離した。
プロペラはくるくると回りながら、シロツメクサの草原にのんびりと降りていった。
「さあ次のを飛ばすぞ」
「まだやるの?」
「働きバチは忙しバチ」
落ちていくプロペラを見届けることなく、蜜蜂はモミジの木に戻っていった。
ルチアーノはまた慌てて後を追った。
「僕もやってみていいかな?」
「もちろん! 君にかかれば空の果てまで運べるだろうな」
ルチアーノはプロペラを一つ咥えて飛び立った。
どこに落とそうかと考えているうちに、空にぽつんと一人になっていた。
振り返ると、遠くに見えるモミジの木の周りを黒い粒々がせわしなく行き交っているのが見えた。
羽をしきりに動かして更に遠くに行こうとする者がいた。プロペラがうまくちぎれず結局噛み切り、出てきた樹液の味に首をかしげている者もいた。空中で待機して風を待つ者、葉の上で寝ころんで休む者、後ろ足についた花粉でくしゃみをする者、水たまりで水を飲む者がいるかと思えば、二人がかりでプロペラを運ぶ者もいた。楽しそうな顔もあれば、真剣な顔もあった。軽やかな鼻歌のような羽音と低く唸るような羽音が幾重にも重なり、なにか一つの音楽になっているようだった。
白い尾羽が自分のやり方だと、どうしてティランノ達に言ってやれなかったのだろうとルチアーノは下くちばしを噛んだ。
蜜蜂達の行く先々に何かが待っているような気もした。イワシやイルカに会った時にもそう思った。けれど沢山の中からどの蜜蜂について行けばいいのかは分からなかった。それになにより、そう遠くへは行けなさそうだった。
さっきまでのわくわくした気持ちはすっかりしぼんでいた。
うつむいた先に、チコリー(注1)の淡い水色の花が咲いているのが見えた。
ルチアーノはプロペラを離した。
くちばしを離れたプロペラはゆっくりと降りていった。
ふと見ると、モミジの木から少し離れた所に杭が二本立っているのが見えた。
杭と杭の間はそこだけぽっかりと空いていて、その先はトンネルのようになっていた。
「森の入り口だ」
ルチアーノは向かい風に乗って次々にやってくる蜜蜂達をよけ、吸い込まれるように杭に向かって降りていった。


注1 イタリアンタンポポ
イタリアンタンポポ(チコリーの改良品種) (unique-green.com)

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