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【短編小説 森のアコーディオン弾き 6】約束(最終話)

6. 約束(最終話)

燃え尽きた焚き木は白いをふいて、奥でちらちらと火を燻ぶらせ、終宴を惜しんでいるようでも、ようやく終わったと一息ついているようでもあった。
東の空に太陽が頭を出す頃には、樽いっぱいのニワトコ酒エルダーフラワーコーディアル(注1)とブルーベリージュース(注2)はすっかりなくなっていた。ぽつりぽつりと、時には連れ立って、目をこすったり、あくびをしたりしながら、寝床に戻り始める動物達もいた。
「そろそろお開きだ。じきに彼らも目を覚ます」
ロレンツォがちらりとやぶを見た。カルヴィーノはそろりと近づいてやぶの中をのぞいた。
一人はハーモニカを握ったまま、もう一人はウイスキーの小瓶を抱え、いびきをかきながら気持ちよさそうに眠っていた。男達の脇には放られた猟銃とぐぐうと寝息をたてる猟犬が横たわっていた。
「人間だ」
カルヴィーノは小声でロレンツォに告げた。
「ああそうだ。楽しんでおったようだが、それも一夜限りのことだ。さあ急ごう」
ロレンツォはバサバサと翼を振って皆を促した。
「僕はサーカスに戻ってみる。なにしろ腹が減った。戻ればなにかしらありつける。それにサーカスの立て直しには僕も必要だろうから」
フラヴィオがブルーベリージュースをあおった。
ロレンツォは残った木の実を集め始めた。その横でリス達は残った木の実に群がり、せっせと頬に詰め込んで、頬袋がいっぱいになると両脇にも抱えて持ち帰ろうとしていた。
「リス達は宴のために木の実を集めてくれた。昨晩は皆のために夜通し殻もむいてくれた。その礼といっては少ないが、残ったものはやると言ってある。今分けてやれるのはこれ位だ」
フラヴィオはロレンツォが差し出した木の実を受け取った。葉の上の木の実はきれいに殻がむかれていた。
「フラヴィオ、君のおかげで素晴らしい宴になった。是非ともまた君を招きたい。しかし、どうやって居場所を知ろう。サーカスというのは移動すると聞くが」
「手紙書いたら? それで鳥に頼もう。きっと運んでくれるよ」
「そりゃいい、カルヴィーノ! わしはもうくたびれオウムだが、若い衆に頼んでみるとしよう」
ロレンツォが引き受けた。
「必ず便りを出すよ」
フラヴィオが言って、話しがついた。

広場の脇の池の水面が日の光をはじき始めた。
魚達も一晩中歌っていたらしく、半分閉じかけた目をこすりながらも、まだ歌えると口をぱくぱく動かしていた。
「フラヴィオ、出口まで案内するよ。ついてきて」
カルヴィーノの耳に止まっていた蝶が飛び立った。
フラヴィオはロレンツォにもらった木の実をまとめて口に入れ、残りのブルーベリージュースで飲み下した。切り株から腰を上げ、アコーディオンを背中に担ぐと、たてがみのあちこちにぶら下がっていた蝶達が飛び立った。
「モニークとアズーラにもう一度礼がしたかった」
「モニークは雨が止むまでそっとしておいてやろう」
モニークにはモニークの方法がある。誰もがそうであるようにと、ロレンツォは長老らしく深々と言った。
「アズーラはもう全部知ってると思うよ」
カルヴィーノは自慢げに言った。
「そうだな。それにまた会える」
フラヴィオに止まっていた最後の蝶が飛び立った。
すると動物達や広場のあちこちに止まっていた蝶が一羽、また一羽と飛び立ち、上空で大きな円を描き始めた。舌を伸ばしてみたものの届きそうにないことが分かったのか、ハルベルトは恨めしそうに日を弾いて光る輪を見上げた。
「フラヴィオ、蝶々も見送ってくれるって」
「ああ、そのようだ。ん?」
カルヴィーノはふいに立ち止まったフラヴィオを振り返った。
「いや、なに、アコーディオンも上機嫌のようだ」
一晩中弾いていたというのにアコーディオンがいつもより軽いと言って、フラヴィオはきょとんとしていた。
「なんだそれなら心配ないじゃないか」
カルヴィーノは笑った。
「それもそうだ」
フラヴィオは森の出口へ向かうカルヴィーノの後に続いた。

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注1 ノンアル。集めた朝露にエルダーフラワーを浸し、はちみつを加えたもの。森で開催される宴では定番。

注2 アズーラとアズーラのまわりに群生するブルーベリー達から分けてもらった実で作ったもの。これも宴では定番。

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