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第5話 毒うどん

友達の家に遊びに行くと、そこは私が以前住んでいたマンションに良く似た外観で懐かしく思う。その友達は以前にも上井草ら辺のマンションに住んでいた。
壁はとても汚く、絶対に触りたくない。部屋はとても散らかっており不快である。女の子の家だが、そんな雰囲気は少しも無い。

マンションのくせに入り口が二つあることに違和感がある。玄関は普通の入り口の所と台所の隣にも、もう一つあるらしい。
「靴はそっちの方に置いてくれ。」
言われるまま玄関から台所まで靴を持って行くが、下駄などが散らばっており、おまけにタウンページ級の厚さの雑誌も転がっている。

夜もいい時間で、辺りは静まり返っている。私は玄関に靴を置いたままずっと立っていたのだが、友達の一人はお風呂へ入りに行った。ずうずうしいやつだと思う。
「この家いつも変な声が聞こえるんだよね。」
女の子が急に言い出した。そういえば先ほどから吠えている様な声が聞こえていることに気が付く。台所から聞こえてくるのだが、お風呂場を見ると友達が扉を開けながら歌っていた。
私は泊まりたくないので、夜遅いが帰ることにする。

団地の階段はひどく暗く気味が悪い。団地の敷地内を歩いていると、一人の少年が自転車に乗ってこっちに向かって来る。目を合わせてはいけないことはわかっていたが、そう思った瞬間にはもう目が合っていた。
少年は目をぎらつかせ、にやにやしながら私のそばまでやってくる。怖くて半分足がすくんでしまい、逃げることができなかった。
「なにやってんの。」
少年は聞いてくる。私は絡まれたと思い腹をくくる。
「帰る所。」
私が答えると私が恐怖心を抱いていることを察知しているらしく、目をぎらつかせてニヤっとする。
「上石神井はどこ?」
少年は私に駅の位置を聞く。
「あっち。」
私が指を指すと夜が明けてきた。恐らく正解だったのだろう。

家に帰ると先生と友達がいた。そこには弟もいて、私は少し気まずい。先生は自分の彼女の話をし始めて急に泣き出したりする。
私は音楽を流していたが、テープには色々な曲がめちゃくちゃに入っているので、恥ずかしく聞かれたくない曲が時折入っていたりして少し焦る。
先生は時折、厭らしい話をする。やめて欲しいが止める訳にもいかず、話を逸らそうと努力するが無駄に終わる。弟は私の目をちらちら見て来て気まずい。そして音楽も気まずい。

食事をするために街へ出る。大通りのにぎわった所に食べ物屋さんのビルがあるが、四階に入り口があって普通には入れない。皆は諦めたのだが私は諦めずに入ろうと決め、電信柱をよじ登る。案外簡単に入れたので驚く。
店の中に入ると赤い絨毯が敷いてあり、店員は皆スーツ姿なので入ってはいけなかったとすぐにわかる。
だから四階に入り口があったのかと理解するが若いチンピラ風の店員が来る。
「入れない様に入り口を高くしたんだろ。」
店員は入って来るなという様なことを仄めかした。言いたいことはわかったが、意地があるため引き下がれなかった。というよりも、むしろ降りられなかったので、そのままそこに立っていた。
店員が無理矢理追い出そうとするので、殴られる前に柔道の投げ技を試してみるが失敗する。根性で無理矢理転ばせはしたものの、その後がもたない。やられると思った時、女のボスが出て来た。
「店の中で暴れるのはやめて頂戴。」
私は席に座らされて、うどんが二つ出された。そして女ボスが私の対面に座る。
「毒うどんで勝負しましょう。目を見合わせたら負けよ。」
どちらかのうどんに毒が入っているから、という説明を受ける。ボスは私から見て左側のうどんに、私の見ている目の前で砂糖の様な白い粉をさらさらと入れた。丸見えではないかと思っているとその左側のうどんに、
「サービスね。」
と言ってうどんの麺をぱっと入れた。するとその女のボスは安全な方のうどんを食べ始めた。やられた!と思うと、今度は左側の危険な方のうどんもずるずると食べ始めた。両方食べるなよ、と思っていると、
「私の負けだわ。」
と言って、去って行った。
「お兄ちゃんよくわかったねぇ。」
私の左隣に座っていた品の良い子どもが喜んでいる。
「目を見ちゃいけないんだよ。」
子どもに言われて思い出したが、そういえばそんなルールだったと思い出す。危なかった。

結局何も食べられないまま店を出る。店の入り口は反対側にあって、そこのエレベータで降りると油絵の「親戚(しんせき)展」のポスターが貼ってある。
そういう季節だと感慨にふけりつつ、手には予備校が一緒だった人の「気持ちいい展」のチケットを持っている。良く見ると「いい」が「りり」になっている。騙されているのか。

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