「寝ながら学べる構造主義」を読んでいます ひとの記憶はあてにならない、 意識は自分を構成するものの影響を受けて自由ではない、 人は納得感があるストーリーを即席で創作する、 と考えると、自己同一とはとても脆い思い込みだと思えてくる。 この不安に共感してくれる人はいるだろうか…
記憶を改ざんし 有りもしない妄想で 自己は肯定し続け 嫁である私は避難し続ける 夫と義母と亡き義父達 本当に記憶って改ざん出来るのね 人の心のも暴言も 信じちゃ駄目なんだ 駄目なんだよ信じちゃ他人は 信じることが出来るのは 自分自身だけなんだよ 目を覚ませよ