03. トラブルトラベル in アメリカ / Truth or Consequences
その後、ワタシは新しい愛車
金色のリンカーンと共に順調に旅を続けていた。
サンタフェ、エルパソ、サンアントニオ、ヒューストン、ニューオリンズ、メンフィス、ナッシュビル、オーランド、マイアミ、キーウェスト、ワシントンDC、ニューヨーク、ナイアガラ、ボストン、シカゴ、ミルウォーキー、デンバーと、アメリカ大陸の東側をぐるっと一周したころには4ヶ月が経過し7月になっていた。
ちなみにその間、スピード違反で1回、駐車違反もワシントンDCで5回、ニューヨークで5回、ボストンで1回と合計11回を数え、コレクションした違反キップが日記のページを賑わしてくれていた。
(結局、全てバックレたまま、1セントも罰金を払わずに日本へ帰国。もしかして、ワタシ指名手配中?(苦笑)二度とアメリカへ入れなかったりして...。)
そしてまたニューメキシコ州へ戻ってきた。
これは「Truth or Consequences」「真実か結果か」という
なんとも意味深な名前の町で1泊した翌日の話である。
朝10時過ぎに起きたワタシは
いつものようにベッドの上でロードマップを広げた。
その日の行き先はその日の朝、その時の気分で決める。
おっ、温泉があるナショナルフォレストってなんか良さそう。
よし、今日はその近くの町、Silver Cityに行くとしよう。
目的地を決めたはいいが、ワタシはさて?と悩んでしまった。
ここTruth or ConsequencesからSilver Cityへ行くにはルートが2つある。
ひとつは25号線を60km南下し、26号線に入って70km、そしてDemingから180号線を80km北上するルート。
もうひとつは25号線を20km南下したところで
152号線に入り、西へ90kmのルート。
全長210kmと110km....。
単純に距離だけで考えると約2倍の違いがある。
しかし、気になるのはロードマップの道路の表示だ。ハイウェイ25号線は赤く太く描かれているのに対し、152号線はグレイの細い線で描かれている。なんとも心細い。さらにナショナルフォレストをかすめるように通っているこの道は山道の可能性も大なのだ。
ううむ。
しばし迷ったが、さすがに距離が1/2なのだ。たとえ細い道でも山道でも早く着くはずだろう。そう考えをまとめると、11時にモーテルをチェックアウトし、車に乗り込んだ。
7月のニューメキシコは暑い。
クーラーボックスに入れたサンドイッチ用のハムやマーガリン、
ソフトドリンクなどを冷やすため、まず氷を手に入れる。
それはガソリンを満タンにするのと同様、毎朝の日課だ。
モーテルの目の前のガソリンスタンド&コンビニに立ち寄ってみたが、
氷もガソリンも高いので、買うのをみあわせた。
ガソリンの残量を示すFUELメーターはEmptyにかなり近づいている。
経験からすると、針がこの位置ということはガソリンの残量はあと5ガロンほど(約20リットル)ってことはリッター4キロしか走らないこのアメ車では80kmしか走れない計算になる。
とにかくハイウェイに乗る前にガソリンは入れなければならない。
そう思いながら走っていたのに、
不意に現れたガソリンスタンドをつい通り過ぎてしまった。
あぁ、今のガソリンスタンド安かったのに...。
嫌な予感がした。
結局、ガソリンを入れられないまま
ハイウェイ25号線に乗るはめになってしまった。
どうしよう、ガソリン...。
しばらく走ると地図上で細いグレイで描かれた
例の152号線へのジャンクションが見えてきた。
まぁでも、ガソリンスタンドくらいあるだろ...。きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせてハンドルを切った。
しかし152号線に入って15分、ワタシは既に後悔していた。
152号線は山道かも知れない。地図からそれなりに予想はしていた。
だが50kmくらいのスピードは出せるゆるやかなカーブの山道を考えていた。
しかし実際はスピード制限25kmなんて標識が立ち並ぶ、
急カーブの連続が待っていたのだ。
...あぁ、なんてバカだったんだ。
こんな道ではUターンすることもできない。
距離が2倍でも時速100kmで走れるルートのほうが
早いに決まっているではないか。
急がば廻れ...、だよなホント。
そして、なによりもガソリン...。
果たしてこんな山道でガソリンスタンドがあるのだろうか?
いや地図にはHillsboroとKingstonという地名があった。
そこまで行けばガソリンスタンドもあるだろ、たぶん...。
道に沿って右へ左へとハンドルを切りながら、ワタシは頭のなかで
否定と肯定の押し問答を繰り返した。
嫌な予感は徐々に不安へと変わっていった。
そして、そんなワタシの気持ちを具現化するかのような
黒い雲が前方上空を覆い、道はその中へと続いている。
進めば進むほど雲行きはますます怪しくなり、ついには雨が降り出した。
雨足はどんどん強くなり、やがてどしゃ降りとなった。
フロントグラスに叩き付けられる雨をワイパーが必死にかき分ける。
後ろのトランクは大丈夫か!?
実は、この車のトランクはパッキンが古く雨漏りがするのだ。
なのに今日に限って荷物は全部トランクの中だ。
今日は何かがおかしい。やることが全て裏目に出る。
次はいったいなんだ?
....はぁ、ガス欠だよな。
こんな山道でガソリンがなくなったら、本当にお手上げだ。
しかし、そんなワタシの不安や心配をまるで無視するかのように
FUELメーターは無情にも確実に、そして刻々と「E」に近づいている。
そんな時、HillsBoroの標識が見えた。
よかった、村に着いた。
と安堵したのもつかの間、
古びた民家が2軒あるだけだった。もちろんガソリンスタンドなど影も形もなかった。
これは本当にやばいぞ...。
全身が緊張する。ハンドルを握る腕に力が入る。肩が上がったまま固まっている。
手が汗ばむ。左右交互に何度もズボンのモモで拭く。
あぁ、テレビゲームだったらリセットして最初からやり直せるのにな...。
...何をバカなことを。
しばらく走ると次の村、Kingstonの標識が見えてきた。
頼む、今度はガソリンスタンド付きの大きな村であってくれ!
そんなワタシの切なる思いもむなしく、先ほど通過したHillsboroと大差のない、やはり古びた民家やロッジらしき建物が2、3軒あるだけの村とも呼べない場所だった。
地図に載っている次の地名はSan Lorenzo。
ここから約40kmほどあるだろうか..。
残りのガソリンは?
FUELメーターの針はもう「E」の文字に重なっている。
いよいよ追いつめられている、もう時間の問題だ。
しかし、こんなところでガス欠で動けなくなったら
いったいどうすればいいんだろう?
Kingstonを通過したあたりから、雨は小降りになったが
道は次の山にさしかかり、また登り坂になった。
後ろから車が来る。
なるべくガソリンを使わぬようそぉっと走りたいのに、
せかされているようで、ついアクセルを踏み込んでしまう。
そんな時だった。
あれ?なんだか車の音が変だ...。
いつもの音ではない、何かぎこちない不協和音が混じっている。
そう気づいたのは後続車をやり過ごすため、
脇のじゃり道に車を寄せた時だった。
嫌な予感、胸騒ぎ。
Thank you!と手を挙げながら後続車が追い越していく。
それを見届けて、さぁ行こうとアクセルを踏み込んだ瞬間、車の下から
「ピキンッ!」という音がした。
え!?
ピキンてなんだ!ピキンて??
焦りながらもゆっくりと走りだすと、
今度はいきなり車がガクンガクン!と大きく揺れ出した。
ええぇ!??
慌てて車を停める。外へ出て車の下を覗いてみる。
だが別に変わった様子はない。
うーん、どうなっているんだ、いったい。
わけがわからないまま、またエンジンをかけアクセルを踏む。
動き出して数メートル、今度は突然「ガンッ!」という音、
つづけて「ガガガガガ....」と何かを引きずる様な音が響いてきた。
そして車はそのまま全く動かなくなってしまった。
アクセルをいくら踏んでも、何も反応しない。
なんなんだよぉ...。
いったい何がどうなっているんだ。
サイドブレーキをひき、もう一度外へ出る。
車の下を再度覗き込んでワタシは愕然とした。
なんと車のシャフトが...、動力を後輪に伝える「主軸」が根本から切れて
斜めに垂れ下がっていたのである。
なんじゃ、こりゃ...。こんな壊れかたってありえないだろ...!?
....まるでマンガだよ。
そのあまりにみごとな壊れっぷりに、
全身はふるえたが、同時にあきれて笑ってしまった。
ふざけんな..。
ずっとガス欠の事を心配していたのに、いきなり想定外の方向から
息の根を止められた。。なんにしろ、もうグゥの音も出やしない。
一巻の終わりだ。
マジか...。またトラブル発生。
はぁ...、 さ て と、 どうしよう....。
とりあえず車を脇に移動しなくては。
そう思って車に乗り込もうとした時、
前方から駆け寄ってくる男がいる。
Are you alright?
対向車だったその人は
ワタシのトラブルに気が付き、車を降りて見にきてくれたのだ。
ワタシが苦笑しながら、指差すと
服が汚れるのもかまわず、車の下に潜り込んで見てくれた。
God! Your car is completely broken !
yeah...
これはレッカー車を呼ばなきゃどうにもならないな。
連絡がつけられる所まで乗っけて行くよ。
リアリィ?サンキューソーマッチ。
なんて運がいいんだろう。
もう、どうにもならないと思った瞬間に、
途方に暮れる間も与えない程のタイミングで助けが来ている。
この山道で今まですれ違った車なんて数える程だったのに。
最小限の荷物を車から取り出すと車をロックし、
男の車に乗せてもらった。
しばらく走って先ほど通過したKingstonに着くと
男はロッジの戸を叩き、管理人に話をし、
AAA(日本のJAF)へ電話をしてくれた。
ここで待っていればレッカー車が来てくれるからもう心配はいらないよ。
男は見ず知らずのワタシのために、何もかもやってくれた。
なんていい人。いくら感謝してもしきれないくらい有り難かった。
ワタシは何度も何度もThank you とくりかえした。
男が去った後、今度はロッジの管理人の優しさが身にしみた。
お茶を出してくれたり、暇がつぶせるようにと
テレビゲームの電源を入れてくれたりした。
なんて、みんないい人なんだろう。
1時間半程待っただろうか?
古びたレッカー車に乗ったおじいさんがやってきた。
そしていっしょに現場へ行き、ワタシの愛車 金色のリンカーンを牽引すると
今日走った道を逆もどりだ。
車の整備士でもあるそのおじいさんの工場は
今朝、チェックアウトしたTruth or Consequencesのモーテルのすぐ近くにあった。
よろしくお願いします、とおじいさんに車を託すと、
また同じモーテルにチェックインした。
そして夜、車の修理は完了した。
いろいろなことがあった日だった。
またトラブルに見舞われた、だがそのおかげでまた人の優しさに触れることができた。
本当にありがたい経験であり、いい思い出だ。
「ガソリンを入れられなかった」、「山道を選択してしまった」
やることが全て裏目に出て、最後はあんな結末。
なんてオレはツイていないんだとその時は思ったのだが、
シャフトはどっちにしろ切れただろう。
もしもう一方のルートを選択し、時速100kmでガンガン飛ばしてる最中に
シャフトが切れ、引きずったまま走行なんてことになったら、
それこそ大事故になっていたかもしれない。
いやはや、想像するだけでも恐ろしい。
Truth or Consequences
スピードが出せない山道、そしてガス欠を心配して慎重になっていたこと、
実は全ての事柄はいい方向へ向かっていたのかもしれない。
そして修理したおかげで車の音も、走りも以前とは比べものにならない程スムーズになった。
いろんな目に遭いながらも無傷でまた旅をつづけられる。
これがワタシの「真実であり、結果」だ。
神様ありがとう(笑)
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