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記事一覧

第5回東奥文学賞 震災、モンペ、ストレス……問題山積ながらも小学校の管理職教諭が抱く希望

花生典幸(はなおいのりゆき)「月光の道」:大賞。八戸の市立小学校の教頭を務める片野秀一の元へ、福島から中嶋しおりという少女が転校してくる。しおりは震災の余波から、人前では言葉を話すことができないらしい――。小学校の教頭・校長という管理職の日々をリアルに描いている点が新鮮で、担任を持たない立場でも相当ハードな業務なんだなと伝わってきます。作中でそれを「感情労働」と呼んでいますが、これが二重の意味を持

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第4回東奥文学賞 空襲の記憶が混在する、老人ホーム内の階級闘争

田辺典忠「健やかな一日」:大賞。老人ホームの4人部屋で暮らす「僕」は、なんとかオムツを外したくて、おねしょしないように水分補給も極力避ける日々。しかし、かつての青森空襲のあの日、防空壕の中であまりの恐怖で失禁した夢を見て――。見方によっては悲惨な暗い生活風景を見事なまでにユーモラスに描いて最後のページまで飽きさせません。比較的健康な人が多い3階と、寝たきりや重篤な認知症患者の多い2階という階層の違

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第3回東奥文学賞 地方行政の奮闘、雪国生活の闇と光

青柳隼人「北の神話」:大賞。県庁職員の課長である櫻城一夫は、中央から出向してきた年下の上司となる都島義男部長と共に、二つの古い病院を統合し最先端医療を取り扱う総合病院に建て替える計画、「Xプラン」の実現を画策する――。とにかくドキュメンタリーと見間違うほどのリアリティ。一つの病院建設のために、どれほどの人との交渉が必要か。医師学会会長、既存病院の院長、市長、県知事……それこそ「神話」と言えるくらい

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第2回東奥文学賞 地方農業の裏表と、夢と現実の折り合い

田邊奈津子「早春の翼」:大賞。自宅で農業を営む桜井七恵の元に、東日本大震災をきっかけに、千葉から義理の妹・苑美一家が出戻ってくる。苑美の夫である周平は大手の総合電機メーカーを辞め、農業をイチから始めるつもりらしい――。嫁姑問題の機微(と、その煩わしさ)、地方の不況、農業を始める人へのハードルなど、重いテーマを、能天気に明るくも極端に悲観的でもなく、その重さ分だけ正確に伝える力に脱帽。たとえば、農家

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第1回東奥文学賞 地方の魅力とは? それは刹那的な「快」ではなく、長く尾を引く「温もり」。

東奥文学賞とは――。
青森県を代表する新聞社・東奥日報社が創刊120周年を記念して創設。青森県内在住者または県出身者を対象に、題材・ジャンルを問わず、前途有為な新人を発掘・育成するための文学賞。発表は2年に1度、原稿用紙100枚以内。

世良啓「ロングドライブ」:大賞。東京で暮らす佐藤は会社の上司に山崎咲子を紹介される。彼女の趣味は美味しい料理のレシピを想像して復元すること――。登場人物の誰もが謙

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秋元弦「斜里の陣屋で」(2018)

1807年(文化4年)、蝦夷の斜里(しゃり)警備のために派遣された津軽藩士の一人、斎藤文吉(勝利)がそこでの活動を記した「松前詰合日記」。それをもとに書かれた、いわゆる《津軽藩士殉難事件》を描いた短編小説。派遣された100名中、極寒やその他の災難のために生きて還ったのはわずか15名と聞くと、さながら江戸時代版「八甲田山」のようだが、こちらの事件は、様々に、かつ個々に重いテーマをいくつも内包していて

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崎谷実穂『ネットの高校、はじめました。 新設校「N高」の教育革命』(2017)

出版大手のカドカワと、その子会社であるIT企業ドワンゴが新設した通信制高校。2016年4月の開校から2000人を超える生徒が入学、2018年9月現在で7000人以上に急増中。ちなみに通信制で最も生徒数が多いのはクラーク記念国際高校の11000人ですが、こちらは1992年創業の「老舗校」で、いかにN髙の勢いがあるかが分かる。

僕は高校時代、入学して最初の授業で、英語の先生が「この学校は、1年生で文

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北川達夫「図解 フィンランド・メソッド入門」(2005年)

2000年から始まり3年に一度行われるPISA(国際学習到達度調査)ってのがありまして、第1回は日本も数学の分野では1位だったりしたんですが、読解力(厳密には色々と違うらしいけど、まあ「国語」みたいな感じ)で1位だったのがフィンランドだった。その次の2003年の1位も、やっぱりフィンランド。直近の2015年だとフィンランド5位、日本8位でやっぱり日本より上だ(ちなみに1位はシンガポール、シンガポー

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沼田晶弘 「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略(2016) 、子どもが伸びる「声かけ」の正体(2016) 、ぬまっちのクラスが「世界一」の理由(2016) 、「変」なクラスが世界を変える! ぬまっち先生と6年1組の挑戦(2017)

最近、僕がほとんど信者と化してるくらい心酔している人。
世田谷区で小学校の先生をしている「ぬまっち」こと沼田晶弘先生。ネットニュースかなんかで興味を持ち、試しに著作を読んでみたところ深く感銘を受け、貪るように今まで出版された本を全て読みました。

どれも面白いけど、1冊選べと言われたら、断然『「変」なクラス~』です。途中から感極まって涙がポロポロ流れてきました。全然そういう感動本とかの作りじゃない

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狩俣和沙「明日はきっと楽になる!」(2018年)

ざっくりと言ってしまえば「シャルルー」という名前のリラクゼーションサロンを舞台にした、やや宣伝めいた内容ではありますが、ただそれだけで敬遠してしまうのはもったいないくらい、実は味わい深い短編集です。

たまたま私も同業者なので言えることですが、特にリラクゼーションサロンに関して、嘘や誇張がない点がまず良かったです。

リラクゼーションは確かに万能ではないけれども、肉体的にも精神的にも、そっと優しく

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佃隆「姿勢をよくすると、人生がきらめく! 身体と心を整える「姿勢の魔法」シャキーン!の奇跡」(2018年)

本書は基本的に前作「姿勢の魔法」の続編またはその補完本とみなせるので、まずはそちらを読んで共感できた方、または「天地人ポーズ」や「姿勢シャキーン!」などのキーワードを理解している方、というのが大前提になるかと思います。

さて、前作と同様、今回も新しい気付きを得られました。著者は「姿勢」をテーマに扱っていますが、おじぎ、ラジオ体操、授乳など、あくまで日常生活に基づいた、多岐にわたる具体的なシーンを

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よしながふみ「フラワー・オブ・ライフ」

マンガ・小説に造詣の深い友人に勧められて迷わず購入して読んだのだが、あまりに、あまりに感動して、しばらく感想の言葉すら浮かんでこなかった。余韻に浸る時間が必要だった。なぜ今までの人生、よしながふみをスルーしてきたのだろう。オレの馬鹿! そしてサブカルな友人(たち)! もっと早く教えてくれよ!(綺麗な逆ギレ)

たとえば引用したこの一コマをご覧ください。これっていわゆる、誰だって一度は思う「

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太田匡彦『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(2013年)

以前からよく言われている、日本におけるペットの飼われ方の特殊性が知りたくて、この本を読んだ。

先進国の中でいわゆる「ペットショップ」が存在するのは日本だけ、ヨーロッパの動物愛護先進国では、シェルターと呼ばれる保護施設から、養子を取るような形で飼い始めるのが一般的らしい。そして飼い始める時も、ガラスケースに入った子犬を見て「可愛い!」「目が合った!」と衝動的に買うのではなく、毎日散歩ができるか

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バラバラ・バルトス=ヘップナー(ロコバント靖子 訳)『クリスマスの思い出 冬の炉端で』(原著1982)

ドイツ語の原著のタイトルを訳すと「クリスマスABC」となるように、主にドイツでのクリスマスの風習やその起源などについて詳しく書かれた本です。そこに著者の子供の頃のクリスマス期間の思い出や、クリスマス料理の紹介なども加えられていたりします。

夜が明ける前に早朝のミサに行く習慣などは、日本の大晦日の初詣に近い感覚なのかなーと比較したり、エリコのバラってどんなんかなーと思ってタイムラプス動画を見て「お

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