自己肯定感と自己存在感/認知脳と非認知脳/Non FLOWとFLOW
2023年2月に、スポーツドクターの辻秀一先生のセミナーを受講する機会がありました。辻先生はアスリートやスポーツチームのメンタルトレーニングを行う傍ら、産業医として健康経営や社員のwell-being(幸福)の向上にも努めています。心の持ちようをコントールすることでより良いパフォーマンスを発揮できるというプロセスは、アスリートもビジネスパーソンも同じという考え方をお持ちです。
辻先生はセミナーの中で自己存在感と非認知脳の大切さを強調されました。私は心理学の専門家ではないので、マネジメント、あるいは子どもたちの発達支援の視点から、この自己存在感と非認知脳について学んだことをご紹介したいと思います。
自己肯定感を育むだけでは人はハッピーになれない?
皆さんは自己肯定感という考え方をご存知だと思います。臨床心理学者であり、登校拒否や不登校の問題に取り組んでこられた高垣忠一郎氏が1994年の著書で提唱したことが始まりと言われています。辞書によれば「自分のあり方を積極的に評価できる感情(実用日本語表現辞典)」などと定義されますが、多くの研究者により定義がいまだに試みられています。
障害児療育にも積極的に取り入れられている考え方で、「成功体験を積む」「できたを増やす」といったことがなされています。自己肯定感を育むことは子どもたち(大人も含めて)の無気力、生きる意欲の喪失感を改善させることに効果があるであろうことはよく指摘されていますし、私たちの体験からもそう言えそうです。
しかし、辻先生は「自己肯定感を育むだけでは人はハッピーになれない」と説きます。その理由について先生は次のように解説しています。誤解のないように触れておきますが、辻先生は自己肯定感を高めることを否定する立場ではなく、むしろ推奨する立場です。
自己存在感に着目しよう
自己肯定感を養う上で、私たちは自己否定せず、人と比べず、文字通り自分を肯定しようとします。しかし、現実世界において、実際には社会=外界の環境や出来事や他人と関わっていると、どうしても人と比べられて優劣をつけられたり、自ら人と比べて優劣をつけてしまったりします。人のせいにしたり、人からどう思われているかにとらわれたりします。勝ちたい、儲けたい、結果を出したいと考えてしまいます。そしてまたつまずき、傷つく…。でも、これはある意味、仕方のないことなのではないでしょうか。無理に肯定しようとすることで苦しんだり、無理に成功体験を積もうとしてつまずくこともありそうです。
だからこそ、私たちは子どもたちにまだ脳の発達が活発な段階から小さな成功体験を積む練習をしてもらいます。そうすることで、「非認知脳」の発達との相乗効果があらわれるのではないでしょうか。「非認知脳」について辻先生は次のように説明しています。
Non FLOWとFLOW
辻先生のご説明により、心の状態にNon FLOWとFLOWがあり、Non FLOWは認知脳によって外界との関わりでストレスが溜まって作り出されるもの、FLOWは非認知脳によって自分のありのままの感情を大切にすることで機嫌良い感じの自然体を作り出すものだということがよくわかりました。Non FLOWが進めば病気になり、FLOWが極まればZONEに入ります。私たちはいつもZONEに入っている必要なないので、せめてFLOWの状態に居たいものです。
さて、辻先生は、Non FLOWをもたらす認知脳もFLOWをもたらす非認知脳もどちらも等しく大切で、養う必要があると説明しています。
自己肯定感と自己存在感。どちらも同様に大切
辻先生は、認知脳の自己肯定感と非認知脳の自己存在感を下図のように二軸で考え、自己肯定感では成果を高め、自己存在感では成熟度を高めることが人の成長であると説きました。どちらも必要で大切ということです。
一流のアスリートは自分の心の状態をコントロールしてFLOWからZONEの状態を生み出すそうです。当社は放課後等デイサービスや就労継続支援B型事業所を運営していますが、そこで働く支援者もまたプロです。環境や出来事や他人に左右されないところで、自分がご機嫌になるようコントロールしたいものです。自分がご機嫌な方が自分の人生が楽しいし、ご飯もお酒もおいしい。さらに、自分がご機嫌だと、周りの雰囲気も良くなって正のスパイラル発動!という考え方ですね。
認知脳・非認知脳と教育
また、辻先生は児童教育にも触れています。
認知脳・非認知脳と発達支援
辻先生のセミナーは私にあらゆることを想起させてくれました。
まず、認知脳と非認知脳の関係は、子どもたちの発達支援に対する考え方の違いに似ています。子どもたちの認知脳に焦点をあてた時、子どもたちの気持ちと行動とその結果の因果関係を突き詰めようとします。子どもたちの気持ちや行動の意味を科学的に探ろうとします。データをとって解析してあらゆる要素を削ぎ落としてシンプルにして普遍性を追求します。ある意味デジタル的です。この認知脳の思考は子どもたちの特性に応じた効果的な支援をある程度早期に特定したり、行動を客観的に予測できることで事故防止につなげたり、学校や社会活動を円滑に行う効果的なトレーニングの選出などのためにとても重要です。
一方で、子どもたちの非認知脳に焦点をあてた時、子どもたちのあらゆる場面でのあらゆる言動、仕草や表情の表出の内側で、子どもたち一人ひとりが何を感じ、何を思っていたかに焦点をおきます。将来のこととか社会生活とか学校でのこととかはまず置いておいて、その子のありのままの、今その時を大切にします。ある意味、アナログであり、削ぎ落とさず、細かいところも全て拾って寄り添います。
私は、社会活動や学校で子どもたちが行動や成績で評価されることが多い中で、それらの内側にある、本来の、ありのままの子どもたちの気持ちや感情、人間性を養うという点で、とても大切な考え方だと思っています。当社では、発達支援の理念において5つのステップで表されています。Step2の人と社会との関わりの前に、Step1として子どものありのままの世界観や感覚、特性があり、それを理解し育むことを大切にしたいと考えています。認知脳、非認知脳どちらの視点も同様に大切なものです。
認知脳・非認知脳と自分ごととしてのキャリア形成
また、認知脳と非認知脳は、従業員のキャリア形成を支えるしくみづくりにも活かしたいと考えています。会社としては、従業員にさまざまな研修を受けていただいたり、いろいろな体験をしてもらったり、成功体験を積み重ねてもらおうと試行錯誤します。しかし、これらはあくまで会社が思っていることであって、従業員が自発的にそうしたいと思っているかとは別です。そして、前述のように、いくら成功体験を積んだところで、皆さんは現実の社会に生きており、すべてが都合よく成功につながるわけもなく、あらゆる現場でつまずいたり、イライラしたりすると思います。
そうした時、辻先生の考えを拝借すれば、もう一方の軸である自己存在感が高まるしくみつくることで、従業員のキャリア形成の一助になることを志向したいと思います。「人材育成」という表現は、会社側の視点になってしまいます。ですから私は、従業員の意志で従業員自身のキャリアを会社という舞台を利用して育てていく「キャリア形成」の文化を育みたいと考えています。
まだ、決定的な解があるわけではありません。しかし、従業員の1日の3分の1は仕事でできています。大げさに言えば、人生の3分の1は仕事に関係しています。従業員の人生のなかで、仕事という部分で関わることの多い会社は、従業員の人生の幸福の中でどのような貢献ができるか、どのような舞台を用意することができるかを考えていきたいと思います。
「社会や会社との関わりの中での仕事」という認知脳的な考え方も重要視しつつ、それらをいったん横において、皆さんが心の底から「この仕事が好きだからキャリアップしていこう」「この仕事をしていると自分がご機嫌になれる」「この会社の仲間と仕事ができて良かった」と非認知脳的に皆さんの心から発で、自分ごととして思ってもらえるような会社にしたいとあらためて考えました。
余談ですが「現象学的アプローチ」
複雑でこんがらがって見える世の中や出来事も、人や社会との関わりなどをいったん横に置き、ありのままの心や状態を見ようとするスキルは、現象学的アプローチと呼ばれます。
私は経営的な判断や人間関係においても、複雑に見える部分をまず横に置いておいて本来の姿を見定めようとするこのスキルをいつも意識しています。
最後に
辻秀一さんのセミナーに関して、内容を紹介したり、私見を記しました。当然、さまざまな研究や知見があり、それは他の学者・識者・当事者によって検証されたり、批判されたり、発展の半ばです。でも、私はこれからも、世の中にあるいろいろな考え方について、それが検証されて実証されたかどうかを問わず、できるだけ現状を調べた上で気になったことは書き留めていこうと思います。
なお、いろいろ調べていますと、日本で一般的に使われている自己肯定感self-positivityと、欧米で一般的に使われる自己肯定感self-affirmationではちょっと意味合いが違うらしいです。
また、「認知の〜」を英訳するとcognitive(コグニティブ)となります。支援の現場でテーマとなる認知行動療法やコグトレと、今回の認知脳・非認知脳が直接関係あるかないかについては、私まだ詳しく調べていませんので今後のテーマにしたいと思います。
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