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長谷部浩の俳優論。

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歌舞伎は、その成り立ちからして俳優論に傾きますが、これからは現代演劇でも、演出論や戯曲論にくわえて、俳優についても語ってみようと思っています。
劇作家よりも演出家よりも、俳優に興味のある方へ。
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2023年6月の記事一覧

松たか子の才能と、忘れられぬ思い出。『兎、波を走る』を見て。

松たか子の才能と、忘れられぬ思い出。『兎、波を走る』を見て。

 朗読劇ではなく、モノローグの名手として、松たか子は長く記憶されるだろうと思う。

 その才質を高く買っているのは、野田秀樹である。『オイル』(二○○三年)『パイパー』(○九年)、東京キャラバン駒場初演(一五年)、『逆鱗』(一六年)、『Q』(一九年)、そして今回の『兎、波を走る』、数々の舞台に出演しているが、落ち着きと包容力のある声が立ち上がってくる。

 叙情的に台詞を唄って観客を泣かせるのでは

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なかなか読み解けぬ『兎、波を走る』を二度観て。

なかなか読み解けぬ『兎、波を走る』を二度観て。

 気の張る劇評を書き終えて、再校を読んでいます。

 急に昨夜、細部で確認できていない部分が気になり、今日のマチネに行くことに。明日は月曜日で休演、火曜日の午前中が再校の戻しなので、今日行く以外に選択肢がありませんでした。
幸いなことに、今日の席がなんとか確保できて、初日以来二度目の観劇になりました。
 舞台に余裕が出てきたのはもちろんです。野田作品に絶対に必要な遊びの部分を、秋山菜津子、大倉孝二

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高橋一生、その光と影

高橋一生、その光と影

 現在、東京芸術劇場で上演されている『兎、波を走る』(野田秀樹作・演出)で、高橋一生は、脱兎の役を演じている。『フェイクスピア』以来、二度目の野田作品での主役。髙橋は妄想の闇のなかで、孤独に生きる人間を見事に演じていた。

 高橋一生は、まぎれもなく二枚目だけれども、明るいだけの好青年ではない。そこには、陰翳を礼賛する精神がある。蛍光灯の明かりではなく、行燈の灯りに揺れる人影の美しさ。その傾きを大

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【劇評305】仁左衛門、渾身の「すし屋」。目に焼き付けたい舞台となった。

【劇評305】仁左衛門、渾身の「すし屋」。目に焼き付けたい舞台となった。

 六月大歌舞伎夜の部、初日。
 自由闊達な『義経千本桜』を観た。

 仁左衛門が芯となって目をとどかせるのは「木の実」「小金吾討死」「すし屋」。型を意識しつつ、とらわれすぎない仁左衛門の境地にうなった。

 「木の実」は、平維盛の行方を捜す妻の若葉の内侍(孝太郎)とその子六代君(種太郎)とお供を勤める家臣の小金吾(千之助)が、下市村の茶店で休んでいる。六代君の腹痛を起こしたため、茶屋の女実は権太の

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