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小さな物語︎┊︎幸せ味のクッキー

 最近下を向いて歩くことが増えた。
 急に仕事を増やされ残業続きだし、お気に入りのマグカップは落として割ってしまうし、頑張って作ろうと思った料理だって失敗して丸焦げにしてしまった。何をやっても上手くいかず、小さな不幸が続いている。
 せっかくの休日だからと外へ出てきたのはいいものの、祝日だからか閉まっているお店が多い。ここでも最近の小さな不幸が続くのかと悲しくなり「はぁ⋯⋯」と大きなため息をついた。

「おや、そんなに大きなため息を着くと幸せが逃げてしまいますよ」

 声のした方へ顔を向けると、店の前を掃除している老人がいた。喫茶店だろうか。さっきまでいなかったような、と思いつつなんて言葉を返そうか考えていると「幸せのかけら」という立て看板に書かれたメニューに目がいった。

「幸せのかけらって⋯⋯」

「あぁ、今のあなたにぴったりのメニューですよ。良かったらいかがですか?」


 店主に店を案内されカウンター席に着いた。レトロでどこか懐かしく落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。あまり知られていないのか私以外お客さんは誰もいない。

「お待たせしました。こちらをどうぞ」

 店内をキョロキョロしていた私に店主が出してくれたのは魚型の小さなクッキーと大きなミルクティーだった。

「あの、これって」

「まあまあ、一つ食べてみてください」

 私は戸惑いながらも小さなクッキーを口に入れた。ほんのりとした甘さに優しいバニラの香りが広がる。大きなマグカップに入ったミルクティーも飲んでみると心が温まるような感覚になった。

「すごくおいしいです!」

「幸せな気持ちになれるでしょう。悲しいことがあった時はおいしいものを食べるのが一番。それもとびきりおいしいものじゃなくて、優しい甘さのクッキーや温かい飲み物でいいんです。心がほっこりするおいしさで十分なんですよ」

 店主が出してくれたお魚クッキーはちょっと形が歪なものや、焦げ茶色になっているものも混ざっていた。それは完璧すぎないくらいが丁度いいと伝えてくれているようだった。見た目が完璧じゃなくても、おいしいものはおいしいから。


 気がつけばあっという間にお昼を過ぎていた。

「すみません、長居してしまって。お金っていくらですか?」

「お代は大丈夫ですよ。私もあなたと話して楽しませていただきましたし、今日はサービスということで」

 払おうとしても頑なに断られてしまうので、お言葉に甘えさせていただくことにした。

「本当にありがとうございました」

「いえいえ。あ、少し待っていてください」

 そう言うと店主は店の奥に行って直ぐに戻ってきた。

「これをどうぞ。幸せのお裾分けです」

 手渡されたのはラッピングされたあのお魚クッキーだった。

「実はこの店不定期で開いているんです。人知れずひっそりと開いているので気づく人は中々いません。お嬢さんは運が良かったですね」

 店主は優しい笑顔を向けながらそういった。「そうみたいですね」と私もつられて笑顔になる。

「店主さんのおかげで幸せな時間を過ごせました」

「こちらこそ。またいらしてくださいね」


 喫茶店の外に出るとなんだか清々しい気持ちになっていた。心も体も軽く、地面ばかり見ていた視界には空が映っている。

「あ、お店の名前」

 振り返って看板を見ると、四つ葉のクローバーと共に「喫茶 クローバー」と書かれていた。名前の通り見つけたら幸せになれる喫茶店だ。私は小さく「ありがとうございました」と呟いてその場を離れ、今日の夜ご飯はおにぎりとお味噌汁にしようと心に決めて家に帰った。

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