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掌編小説┊︎私だけの物語

 私は雨上がりの朝が好きだ。私の家は緑に囲まれているため、翠雨によって草木がより鮮やかな緑色になる。朝日によってキラキラと輝く姿はとても綺麗だ。窓を開けると清々しい空気が部屋いっぱいに広がる。たまには休日でも早起きをするのもいいかもしれないと思った。いつもは起きて直ぐに大学へ行く準備をするため、ゆっくりと過ごす時間はない。これは休日だからこそできる時間の過ごし方だ。私はせっかくならと紅茶を入れにキッチンへと向かった。

 キッチンの戸棚からアールグレイのティーバッグを取り出す。ケトルでお湯を沸かしながら普段は使わないオシャレなティーカップを用意した。お湯が沸くのを待ちながら今日は何をしようかと考える。ゆっくりと読書をするのもいいが、新しく買った本は既に読み終えてしまった。どこかへ出かけてもいいが、休日だから人が多いだろう。どうしようと考えているとケトルのスイッチがカチッと止まりお湯が沸いた。先にティーカップを温めてからティーバッグを入れ再びお湯を入れる。朝にピッタリの爽やかな香りがする。結局何をしようか思いつかないまま自室へと戻った。

 ティーカップを机に置くと1冊のノートが目に入った。それは私が物語を書いていたノートだ。もうしばらく書いていないが、前は毎日のように物語を書いていた。ペラペラとめくって今まで書いた物語を読むととても懐かしい気持ちになった。そういえばこんな物語を書いていたなと読み返すと少し恥ずかしい。物語はまだ完結してはいない。最後のページは中途半端なところで終わっている。そうだ、せっかくなら続きを書いてみよう。私はそう思ってシャープペンシルを取り出し、物語の続きを書き始めた。
 改めて考えてみるとなかなか続きが書けない。書いても納得がいかなくて直ぐに消して書き直してしまう。書いては消しての繰り返しをしたためノートは黒く、しわしわになってしまった。前は頭に物語が浮かんできてすらすらと書いていたのに、今はもう書けなくなってしまっている。そういえば、どうして私は続きを書くのをやめてしまったのだろう。忙しかったのか、今のように続きが書けなくなってしまったのかは思い出せない。いつの間にか物語を書かなくなっていた。でもこうして再び書いてみると、考えている時間がとても楽しい。特別誰かに見せるわけでもない、私だけの物語だ。私の物語には私の理想が込められている。現実では絶対にできないことでも、物語の中の私は何だってできてしまう。魔法だって使えるし、空だって飛べてしまう。なりたいものにもなれる。そんな自由なところがとても好きだった。本を読んで、その主人公になりきって物語の中を歩く。それが楽しすぎていつしか自分も物語を書くようになっていた。小説家になりたいと思ったこともある。でも現実は甘くないと言うことをわかっている。だけど、少しの可能性にかけてみてもいいのではないかとこれとは別にコンテストに応募するための作品を書いたことがある。いい結果は貰えなかったが、いい記念になった。いつかまた応募したいなと思いつつ、自分のためだけの物語を書いていた。
 自由に書いていいはずなのになかなか続きを書くことが出来ない。しわしわになってしまったノートを眺めながら紅茶を1口啜った。紅茶はすっかり冷めてしまったようだ。それだけの時間考えて、結局全然進んでいない。もう私に物語は書けないのかと悲しくなってしまう。このまま考えても何も浮かばないだろうとベッドに横になる。眠気がある訳でもないためそのままぼうっと天井を眺めた。

 心機一転した四月が過ぎて新しい環境にも慣れ始める五月だが、どうやら私の環境は何も変わっていないようだ。多くの人はきっと新しい環境で大変だがキラキラした毎日を過ごしているのだろう。私は何も変わっていないなと、体をめいっぱい伸ばしながら思った。これまでも変わりたいと思ったことは何度もあるが、具体的にどう変わりたいのか分からず、何となく変わりたいと思っていた。私はいつだって何となくで生きている。何となくやりたいことをやって過ごす。そんな生き方をしているからこそ、物語のように中途半端になってしまうこともある。だからこそ夢や目標があって、それに向かって一生懸命頑張っている人たちを尊敬している。私は頑張るということが向いていないのではないかと思っている。昔、自分が頑張らないとと思って何でも一生懸命頑張っていた時期がある。その頃は学級委員長をやっていて人一倍責任を感じていた。クラスをまとめなければいけない、みんなの前に立つ者としてしっかりしなければいけない。無駄に責任感が強かった私は全て一人で抱えていた。その結果心が疲れてしまって体調も崩しがちになってしまった。周りの人に「頑張りすぎちゃったんだよ」とか「もう少し肩の力抜いていいんだよ」とか言われ、私はこれくらいでいいんだ、と思うくらいの力で頑張るようになった。

「そうじゃん。頑張ろうとしなくていいんじゃん」

 私は盛大な独り言を呟いてから起き上がった。そして再び机に向かいペンを手に取った。先程まで私は「続きを書かなきゃ」という気持ちでいっぱいだった。でもいくらノートとにらめっこをしても、思い浮かばないものは思い浮かばない。ましてやこれは私だけの物語。頑張って書く必要は無い。私は気軽に、何か思いつくかなとペンをクルクルと回しながら考えていた。すると不思議とアイデアが思い浮かび、すらすらと続きが書かれていく。

 時には力を抜くことも必要だと学んだはずなのにそれをすっかり忘れていた。大抵の事は時間が解決してくれる。そして何もしていなくても時間は勝手に進んでいく。物語が書けなくて頭を悩ませている間にも時間は狂うことなく進んでいき、温かかった紅茶は次第に冷めていく。その冷めた紅茶を見て「たくさん考えたのに一つもいいアイデアが浮かばなかったし紅茶が冷めてしまった••••••」と考えるか「考えているうちに紅茶が冷めてしまったけどまぁ飲めるしいっか」と考えるかで心は大きく変わる。頑張ることはとても大事だし素晴らしいことだ。受験勉強など、これくらい頑張ればいいやという気持ちでいてはだめだと言われたことがある。自分が頑張っている時、そうじゃない時でも周りの人は頑張っている。だから頑張りの上限を決めてはいけない。そう言われても、人それぞれ集中できる時間も体力も違う。頑張りすぎて体を壊してしまっては本末転倒だ。自分を見失わない程度に頑張るのが一番丁度いいのだと思う。

 どんな物語にも結末はある。いい結末を迎えようと頑張ったとしても、それが報われないことだってある。しかし、そこで物語を終わらせてはいけない。そこを分岐点として新しい物語を書いていかなければならないのだ。誰かが新しい道を進んでいたとしても、無理に自分も新しい道を進もうとしなくていい。自分は自分の道を進めばいい。私はいつか何となくで生きてきた代償が来るかもしれない。それでも私は私の道を歩く。どんな結果が待ち受けていたとしても、それはただの通過点でしかない。それが私の道となり、私の物語なんだと思いたい。大丈夫、私には今書いているこの私が主人公の終わらない物語があるから。

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