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『ことば』に魅せられて

◆すべては好奇心から

言葉にまつわることには、何かと好奇心がうずくタチだ。

毎日普通に使っている言葉でも、ひとたび口から出た瞬間にその面白さにハッとすることがよくある。何でこんな言い回しをするんだろう?とか、この言葉はもう死語っぽいかもな、とか、ついつい考えてしまうことも多い。

彼の口からたまに方言が飛び出そうものなら、テンションが上がって質問攻めにしてしまう。それが動詞なら、その活用形や用例なんかも知りたくなるし、名詞なら語源が気になる。

英語を好きになったのも、この「言葉を面白がれる性質」が少なからず関係していると思う。

「鼻が利く」と"have a good nose"のように、『日本語と英語で同じような表現をしていて同じ意味になるイディオム』なんて、特にたまらない。言葉というものの起源に思いをはせ、何とも言えないロマンを感じてしまう。

厄介な英語のイディオムには苦戦させられるけど、「目を丸くする」とか「(誇らしいという意味での)鼻が高い」とか、日本語のイディオムも海外の日本語学習者にとってはややこしいんだろうなと思ったり。

とにかく興味のあるものが少ない私にとって、好奇心がうずくということは十分すぎるほどの「好き」を意味する。(大学生になるまで好きな人もできなかったし、どはまりするほど好きなアーティストや好きな趣味ができたのも社会人になってからだったし、基本的に「熱しにくい」人間なのだ。)

研究者気質ではないので言語学等の知識をとことん深めていきたいというレベルの好きではないけれど、好きの基準を自分の外に置く必要はないよね…ということで、誰が何と言おうと私にとって「言葉」は興味のつきない対象なのだ。

今回は、外国語としての英語を含めた「言葉」に心引かれる自分について、振り返ってみた。

◆中学生時代

英語を習い始めた中学生のとき、初期の頃は確か英語に苦手意識を持っていたと思う。でも気づいたら一番好きな教科になっていた。

「りんご」と”apple”という『別の言語』が、同じものを表現するという点では『同じ記号』であることが純粋に面白いなと思った。発音も含め、日本語との違いがかっこいいと思った。

だから宿題でもないのに教科書に載っている英単語の発音記号をノートに書いて覚えようとしていた。英単語のスペルだけでなく発音記号もセットで書くと正確な読み方(発音)も一緒に覚えられるし、何よりその独学が楽しくて夢中になってやっていた。(これは本当にやっておいてよかった学習法だと今でも思う。)

英語の響きも好きで、教科書の音読をするのも楽しかった。すごく印象に残っているのは、授業中にキング牧師の"I have a dream."のスピーチを実際の音声で聞いた時のことだ。あの時、人生がカチッと動いた気がした。日本語にはない抑揚、言葉に魂が込められてるような力強さに、とにかく胸が震えたのだ。思いがけず涙が出そうになったあの瞬間、私は英語に恋をしたのだと思う。

◆高校時代

高校生のときの進路相談で、英語がいちばん好きでもっと勉強したいと話したら、国語の教員である担任の先生が、岩波新書の『日本語と外国語』をくれた。

よく読み込まれたその本は、先生の私物だった。古い匂いのするその本を読んだとき、学校では習わないような言語の『感覚』に初めて触れられた気がして、世界が少しだけ開けたみたいで、ドキドキした。

大学を選ぶときの基準は自分の中でざっくりと2つあった。英語を学べて、家からは通えないところ。外国語学部や国際関係学部のある大学が何となくよさそうに思えたけれど、いちばん惹かれた大学で該当する学部は英文学部だけだった。それでも英語が学べるならと、魅力的なその大学に進学した。

◆課題に追われた大学1~2年

〈授業、課題、授業、課題…〉

純粋な英語教員志望ではなかったものの、とりあえずで教員免許取得のための教職課程を履修していたこともあり、1、2年次に取得すべき単位は山のようにあった。日々の授業や課題に追われて、残念ながら「自らの好奇心を満たすために英語を学ぶ」ということを十分にはできていなかった。

とはいえ、自由に使える時間は大いにあったはずなので、授業が忙しかったというのは言い訳にすぎない。

4年間のうち、英語に対する純粋な興味が少し薄れてしまっていた期間があったのも事実だ。サークル活動や恋愛で大切なものをたくさん得たとはいえ、もっと授業とは別に英語を勉強する習慣をつけておけば…というのが大学時代の唯一の大きな後悔かもしれない。

〈日本語教師を夢みた時期〉

大学1年生の時にボランティア活動でインドネシアを訪れたことをきっかけに、まず日本語教師という仕事に興味をもった。4週間にわたって孤児院の子供たちと交流する中で日本語を教えてあげたりインドネシア語を教えてもらったりしているうちに、改めて日本語の面白さみたいなものを感じたのだ。

大学2年生になると、日本語教員養成課程も履修し始め、東京にある日本語教師の養成学校に個人的に話を聞きに行ったりもした。でも勉強と情報収集を進めていく中で、本当に日本語教師になりたいのか、それで食べていけるのか、自分に問いかける日々が続いた。

なかなか答えを出せず、思い切って1人でインドネシアの孤児院を再び訪問した。もう一度子供たちに会いたいし、彼らと言語を通して触れ合えば、答えが出ると思ったのだ。約1週間滞在して得た答えは、『誰かに日本語を教えることを目標にするよりも、自分自身がもっと学びたいんだ』という思いがけない気づきだった。

◆迷走した大学3~4年

〈ゼミ〉
大学3年生になりゼミを選ぶとき、言語学のゼミにいちばん心惹かれた。教授が厳しい人で、卒論のハードルも高いゼミだと聞いていたけど、学術的に純粋に面白そうだと思えるのはそこだけだった。

仲のいい友人たちは、英文学のゼミにすると決めていた。私も文学は好きだけど、そのゼミで扱う作家にそこまで興味はなかったから、正直そのゼミにはあまり惹かれなかった。

それなのに、すごく迷ったあげく、私は友達と同じ英文学のゼミに入った。残りの大学生活で何を学ぶかではなく、誰と学ぶかを優先してしまったのだ。

結果、ゼミでそれなりに学ぶことはあったけど、学びたいという自分の好奇心を自分で殺してしまったことへの後ろめたさが残った。その判断をした自分を今さら責めはしないけど、もしやり直せるなら、自分の好奇心に従ってゼミを選ぶだろう。

〈進路〉
進路に関しても迷いに満ちていた。3年次までに教職課程に少なくない時間を費やしていたこともあり、教員免許をとらずに大学を卒業するという決断もまだ下せなかった。

免許をとるには教育実習に臨まなければならない。母校の中学校に教育実習の受け入れをお願いしに行ったときは「教員志望です」ときっぱりウソをつくしかなかった。現場の先生方には本当に申し訳ないけれど、4週間の実習を通して教員の道がありかなしかを見極めたかった。

生徒たちと過ごす時間は楽しかったけれど、実習を終えて、自分は教員になることはないと確信してしまった。教職入門、教育原理、教育心理学などの知識は、今となっては忘却のかなただ。教員免許状は実家の押し入れで眠っていると思う。

就活でも大いに迷走した。自分が何をしたいのか、全く分からなかった。せっかく大学まで来たのに目標を持って自発的に英語を学んでこなかった自分が恥ずかしくて、英語関連の仕事なんて当時は考えられなかった。

業界すら絞れず、旅行、ホテル、食品、飲食…面白そうだと思える会社を何社も受けては落ち、最終的に「自分の新しい可能性を試してみよう」なんて開き直って、全く知識も経験もないIT業界に飛び込んだ。

◆今、思うこと

振り返れば、ものすごく遠回りをしてきた。

「英語関連の仕事は無理」と21歳くらいで大した努力もせずに諦めていたのに、結局20代半ばになってから好奇心のおもむくままに、映像翻訳スクールに通い始めたりしたのだから。

そこからは迷わなかった。転職を経て、30歳を過ぎてからフリーランスになり、英語と日本語という『言語』と格闘しながら、字幕翻訳の道で生き残るべく日々ヒイヒイ言っている。色んな意味で苦しいし大変だけど、やっぱり楽しいから、もっともっとこの仕事を究めていきたいと思う。

大学生の自分に足りなかったのは、決断力と情報収集力と勇気だ。

教員にはならないと最初から決めていたら、その分好きな英語の勉強に時間を充てられただろう。

みんなが一斉に企業への就活を始めたときに、「この流れに乗らないと社会人になれない」という思い込みがなければ、違う道もまた無数にあっただろう。

言語を仕事にするなんて無理だと自分の限界を20代前半で早々に見限っていた自分に、気づいた瞬間から努力すればいいのだと教えてあげたい。

大学時代の自分に言っても信じてもらえないかもしれないけど、30代は当時思っていたより全然若い。言ってしまえば、生きていればいつだって「今」がいちばん若いのだ。私の場合、やりたいことを見つけた20代半ばからが自分の人生の本当の始まりだったように思うし、そこから数えたらまだ私は10歳にも満たないお子様だ。

まだまだ甘いし、努力が足りないことは痛感している。だけど言い換えれば、もっとできることがあるし、これからいくらでも変わっていけるということだ。自分の中で泉のように湧いてくる言葉への好奇心が消えないかぎり、この道で生きていくために、できることを考え続けて、やり続けよう。

仕事が続くと「もう働きたくない…」と弱音をはきたくなることもあるから、初心を忘れないように、この記事を残しておく。

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