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言葉の記憶

「今こんなこと言ってても、明日には変わってるかもしれないし。人の気持ちなんてそんなもんでしょ。」

これは、昔ある人に言われた言葉だ。当時は肯定も否定もせずそのまま受け止めていたけれど、最近になって、本当にそのとおりだよな、としみじみ思う。

普通の会話の中で「人の気持ちなんて」という哲学的なフレーズをさらりと口にしてしまうその人は、尊敬する先輩であり、初恋の人であり、初失恋の相手でもあった。

優しくて、芯が真面目で、少し変なツボにハマってよく笑う人だった。

18歳の夏。想いを伝えたとき、戸惑いや緊張で情けないくらい言葉が出てこなくて、全然うまく伝えられなかった。結果、フラれたのだけど、その時に彼はいろいろな言葉をかけてくれた。そのうちの1つが、冒頭の言葉だ。

片思い期間中にモヤモヤが募っていたから、フラれたことで少し気持ちがすっきりして、そのあとは逆に落ち着きを取り戻して話すことができた。別れ際には他愛ない冗談も少し言い合えたりして、そうやって話している中で、彼は「今は応えられないってことであって、こんなこと言ってても明日には変わってるかもしれないし。人の気持ちなんてそんなもんでしょ。」と言ってくれた。

フラれた直後なので、期待する気持ちなんて全く持てなかったけど、そのあけすけな率直さを嬉しいと思った。そして時間が経つにつれ、彼は本当に何から何まで誠実に言葉で伝えてくれていたんだなぁと、しみじみとありがたい気持ちになった。

人の気持ちなんて、ややこしくて、単純で、不確かで、常に揺らいでいて…本当に「そんなもん」だ。

その言葉どおりというべきか、フラれてから10日くらい経った頃、彼から連絡が来た。初めての失恋を経験して泣きに泣いていたのに、まさか初恋・第2章の幕が開くとは思っていなかった。結局、私があまりに幼くてすぐダメになってしまったけれど、初めて人をちゃんと好きになれて、彼には感謝の気持ちしかない。それと、申し訳ない気持ちも。

どうしようもなく好きで、自分の気持ちしか見えていなかった恋だった。当時の自分にアドバイスするなら、「両方でちゃんと引っ張り合わなきゃ絆は結ばれねえぞ」という『H2(エイチツー)』の名言を額に入れて贈りたい。彼はちゃんと引っ張ろうとしてくれていたのに、私がめちゃくちゃな方向に強く引っ張ってしまっていた。

「昔に戻りたい」なんて普段は全く考えないけど、もし1つだけ過去に戻ってやり直せるとしたら、選ぶのはやっぱり『あの時』だ。

彼に言ってしまってずっと後悔している言葉がある。当時の私は、愕然とするほど、あまりにも言葉に無頓着だった。あの時、彼にあの言葉をぶつけようとしていた瞬間に戻って、自分のほっぺたを叩いてでも止めさせたい。1人で勝手に傷ついていた自分を抱きしめて「本当に伝えたいのは、そんな言葉じゃないでしょう?」と諭したい。

遅かれ早かれ、彼との関係がダメになるのは必然だったと思うけど、決定打となってしまったあの言葉で、彼を傷つけて怒らせて終わりにしたくはなかった。悲しいくらいに恋愛偏差値が低くて、何も分かっていなかったとはいえ、もっと言葉を選ぶことはできたはずだ。

自分が傷ついた過去なら、心の痛みは時とともに癒えるから、消せなくていい。だけど彼を、好きな人を傷つけるような言葉を発してしまった過去は、なかったことにできるものなら全力で消し去りたい。

誰かの心を傷つけた事実は、時とともに罪悪感が増して、いつまで経っても心に鈍い痛みが残る。そんな自業自得の痛みはずっと引き連れていくしかないけれど、願わくは、彼の記憶からは私のことがきれいさっぱり消えていて、ふとした拍子に彼があの言葉を思い出すことがありませんように。自分勝手だけど、そう祈らずにいられない。

彼への想いは全く引きずっていないけど、当時彼にうまく伝えられなかった言葉たちは、消化できずにずっと胸の奥に残っている。彼にぶつけてしまって後悔している言葉も、鈍い痛みを伴って心に刺さったままだ。そしてふとした瞬間に、こうして彼からもらった言葉のかけらを思い出す。

遠い昔の初恋の記憶は、良くも悪くも忘れられない言葉にまみれている。彼の手の感触は、もう覚えてないのにな。

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