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ニュージーランドでブナ林を探そう その① 〜NZでの森巡りは、難しい!〜

ニュージーランドの森巡り一発目のレポートです。

僕の学校では、4月中旬に2週間の長期休暇が設けられています。2週間もあったら、どっかの国立公園でたっぷり遊んでこれるやん……好機来たる。

ということで、見事な秋晴れとなった4月8日(南半球なので4月は秋にあたります)、タウランガを出発して、一路南へ車を走らせました。行き先は、「ブナ林」です。

森の分布は南北対称


え、ニュージーランドにブナ林?と、違和感を感じた方もいるかもしれません。多くの日本人は、「ブナ」と聞くと、東北や信越の雪国で森をつくる、コイツ(↓)を思い浮かべるのではないでしょうか。

↑日本のブナ林。青森県青森市、梵珠山にて。

日本のブナ(Japanese beech/Fagus crenata)は、冷温帯の森の極相種。概ね、日本の北半分は、この樹が優占する森で覆われています(覆われていた)。
南半球に位置しつつも、日本とほぼ同緯度のニュージーランドでは、これを上下逆さまにしたような森林組成を観察できます。同国の南半分は、「Beech(「ブナ」の英語名)」と呼ばれる樹の森で覆われているのです。
ただし、これにはある注釈が必要です。

北半球のブナ林と南半球のブナ林

地球上に、「ブナ」と呼ばれている樹はおよそ48種類存在しており、その殆どは温帯地域の森の主要構成種として、生態系の中で重要な役割を果たしています。

これらのうち、北半球に分布する13種(分類によって変動します)はブナ科ブナ属に属し、学名は”Fagaus”。もちろん日本のブナも、このグループに属します。
一方、南半球に分布する35種は、「ナンキョクブナ(Southern Beech)」と呼ばれており、ナンキョクブナ科という別の科に属しています。単属(ナンキョクブナ属)からなる科で、学名は”Nothofagus “(ラテン語で「偽のブナ」の意)。ニュージーランドのブナは、このグループに属しており、「ブナ」という名前ではあるものの、分類上は日本のブナと全く別モノなのです。

↑北半球のブナ属の分布[Qiong Cai, Erik Welk (2021)The relationship between niche breadth and range size of beech (Fagus) species worldwide より引用]

”Fagus”のグループは、約5000万年前、現在の北極圏で出現したとされています。当時の地球の気候は非常に温暖で、北海道あたりの緯度でもヤシなどの熱帯植物が生育していました。それゆえ、現在の日本のような温帯域は、極地を取り囲むように分布しており、Fagusの生育地もそこに限られていたのです。
その後、地球が寒冷化すると、温帯域が南に移動。それに伴い、Fagusの分布も南にスライドされるわけですが、北極の南側には、太平洋、大西洋、そしてユーラシア大陸中央部の乾燥地帯という、樹木の生育を阻む大きな障害物が3つあります。結果として、Fagusはこれらの障害を避け、3方向に分かれて南下することになり、現在の隔離分布(北米東部、ヨーロッパ、東アジア)が成立したのです。

Fagusのグループに属する種は、それぞれの分布域が遠く離れているのにも関わらず、「どんぐりをつける」「落葉性」「それぞれの側脈間の間隔が広い」等、多くの共通点をもちますが、これは起源が同じだったためです。

↑北半球のブナの移動(東京書籍の地球儀サイトhttp://taiken.tokyo-shoseki.co.jp/gakushushaj/contents/earth/earth.htmlより制作)


↑ニュージーランドでよく植栽されている、ヨーロッパブナ。
日本のブナよりも丸みを帯びた葉形だが、よく似ている

一方ナンキョクブナは、約8000万年前、当時南半球に広がっていた超大陸「ゴンドワナ大陸」で出現したとされています。ゴンドワナ大陸は、白亜紀〜新生代にかけて分裂し、その断片は後に南米、オーストラリア、ニュージーランド、南極大陸となります。これに伴い、ナンキョクブナはオセアニアと南米の2地域に隔離分布することになるのです。
北半球のFugusとは起源が全く違うため、ナンキョクブナは日本のブナと相反する特徴を多く持ち合わせています。まず、多くの種は常緑性で、種子は風散布(翼がついた、数ミリほどの小さな種子)。葉っぱもごく小さく、北半球のブナの5分の1ほどです。

↑ナンキョクブナ科の分布。
オーストラリア南東部、ニュージーランド、ニューカレドニア、ニューギニア、南米南部に35種が分布。(https://slideplayer.com/slide/2751155/より引用)

起源も形態も、そして分類も全く違うのに、FagusとNothofagusの両者とも「ブナ」と呼ばれているのは、「温帯の森の優占種である」というニッチ(生態的地位)が同じであるため。
17世紀〜19世紀前半にかけて、南半球の探検を行なったヨーロッパ人たちは、南米南部やニュージーランドの海岸線付近に、ヨーロッパと似たような植生を持つ森林が広がっていることに気づいていました。彼らは、南半球で発見した植物の外見や生態を、ヨーロッパの植物と照らし合わせ、それを基準に命名を行なったのです。1850年にナンキョクブナの命名を行なったオランダ人植物学者カール・ルートヴィヒ・ブルーメ(Carl Ludwig Blume)が、ナンキョクブナの学名に”Fagus”の文字を入れたのも、同種と北半球のブナとの類似点を考慮した結果だと言われています。

……というのが、僕が事前に持っていたナンキョクブナについての予備知識。僕は2年前、青森県のブナ林に1年間住んでいて、そこで完全にブナの虜になってしまいました。だから、「南半球のブナ林」にも非常に興味があったのです。

そもそもブナ林は、「温帯」という、人間活動が最も活発な気候帯で成立する森林タイプ。いわば、最も長い期間、人間の影響に晒されてきた森です。世界のブナ林が、いまどういう状態なのか。どういう歴史をたどってきたのか。これを知ることは、これからの人間と森林の関係性を考える上で極めて重要である気がします。

ということで、いざ出発。青森から9000km離れた、ニュージーランドのブナ林へ。

行けども行けども森が無い


日本のブナと同じく、ニュージーランドのナンキョクブナも、冷温帯(温帯の中でも、比較的冷涼な地域のこと)で森を作ります。北島中央部には、「北島火山高原(Volcanic Plateau)」と呼ばれる台地が広がっており、その周囲は標高1500〜2000mほどの山岳地帯で縁取られています。学校の植物学の先生によると、この山岳地帯が冷温帯域にあたり、良質なナンキョクブナ林の宝庫である、とのこと。

↑北島中央部のVolcanic Plateauの位置図(上)とニュージーランドのナンキョクブナの分布(下、濃い緑色で塗られているエリアが、ブナ林の分布域)。概ね、高原地帯と山岳地帯に、ブナの分布が重なっていることがわかる。

規模は違いますが、関西の丹波高地に大規模なブナ林が広がっているのと似た状況。
僕が住んでいるタウランガは亜熱帯なので、火山高原まで行けばかなり大きな植生変化を体感することになります。ってなわけで、道路沿いの樹木を観察しながらゆっくり南下することにしました。

ところがどっこい、ここで大きな問題が2つ発生します。

ひとつめの問題は、「そもそも森が無い」ということ。

↑ニュージーランドの国道を走ると、こういう風景をひたすら眺めることになる。

ニュージーランドは酪農の国。乳製品の輸出総額は世界最大で、国土の約40%は牧草地です。

一歩街を出たら、あたり一面牧草の海。丘陵地帯が多いため、草の海面は頻繁に波打ちます。その波をかわすようにして、広い道路がカーブや起伏を延々繰り返していく…。何時間航海しても、いっこうに森が見えてきません。

それもそのはず、約1000年前、80%を越えていたこの国の森林率は、いまでは24%にまで減少しているのです。原生林に至っては、開拓によって90%以上が姿を消したと言われています。
美しい牧野は、膨大な面積の森の破壊のうえに成り立っているのです。


↑テ・プケの牧場地帯
↑コロマンデル半島の牧場地帯(今回の旅では通過していませんが…)。

日本ではまず見られない、”草の海”。最初の方こそ感動しますが、風景が平面的すぎてだんだん眠くなってきます。立体感のない緑のカーペットが、地形の凹凸を完璧に上書きして、3Dプリンターの型のような景色をつくる。ジオラマの中に迷いこんだ気分です。
景色が整理されすぎて、森の気配すら完全に掻き消されています。


↑カリフォルニア原産の、ラジアータマツの人工林。タウランガ近郊にて。

”庭園化”した植生


ふたつめの問題は、「植生観察ができない」というもの。

ニュージーランドの景色の主役は専ら外来の樹木です。
車窓から見える防風林に生えているのは、ポプラ、ピンオーク、ユリノキ、スズカケノキ…。どれも北半球の落葉樹です。日本にもあるスギやトウネズミモチが見えた時には、一瞬嬉しくなりましたが、そもそもなんでお前らここにいるんだよ。
道路脇の法面に注目しても、そこに生えているのはアカシアやヤナギ、ゴーストブッシュ、パンパスグラス。ニュージーランドにあるはずのない樹種ばかりです。
ニュージーランド在来の樹種は、全然見かけません。

↑キウイフルーツ畑の脇に植えられていた、スギ。スギの防風林は、結構頻繁に見かける。

ニュージーランドの植物種数は、ここ200年で「倍増」しました。
ヨーロッパ人の植民者が、世界中から数多の樹種を取り寄せ、片っ端から植栽したのです。それらの多くは、防風林や林業プランテーション、景観樹としての役割を全うし、ニュージーランドの開拓を大きく前進させましたが、同時に自然環境を激変させてしまいました。
現在、ニュージーランドで野生化している外来植物は約2500種。ニュージーランドの在来植物種数(2200種)を上回ります。

↑バスの車内から何気なく撮った、道路沿いの植生の写真。タウランガ近郊の国道にて。トウネズミモチ、マダケ、スギ、キリが生い茂ったブッシュ。地元の神戸市近郊の藪と殆ど種組成が変わらない。これはこれで話のネタとしては面白いが、当然ながら良いことではない。
↑国道脇の荒地を占領する、アカシア(オーストラリア原産)とパンパスグラス(南米原産)。
タウランガ近郊にて。

人間のコントロールが全く効かないレベルまで勢力を拡大した外来植物たちは、牧場や園地から逃げ出し、勝手に独自の植生を作り上げてしまいました。

日本だと、深い森まで行かなくとも、ドライブしながら道路脇の樹木をさらっと観察するだけで、植生の”動き”を感じとることができます。例えば、京都市から滋賀の高島方面へ抜ける「花折峠」を越えると、道路脇の種組成が照葉樹林型から落葉広葉樹林型に変化します。峠より南側の沢沿いには、イロハモミジ、ムクノキ等々、温暖な気候を好む樹種が多いのに対し、峠を越えて北上すると、オニグルミ、カツラ、ヤマハンノキ等、冷涼な気候を好む樹種が多くなるのです。
人間の目線では見えず、樹木の目線でしか見えない何らかの境界が、花折峠にはあるのでしょう。こういう、”隠れた植生の結界”みたいなポイントが、日本にはいくつか存在します。

しかし、ニュージーランドでこういう流し見観察をしても、たいした発見は得られません。道路脇の植生はほぼ全て外来種で占められていて、「種組成の変化」という議論がそもそも成り立たないのです。


↑ヤナギ(種名は聞かないで…)の群落。
ニュージーランドには、そもそもヤナギ属自体自生していないはず。タウポ湖畔にて。

延々と続く牧草地や、外来樹種のプランテーションの中をずーっと走っていると、海外での森巡りの難しさを実感しました。それと同時に、ニュージーランドの森の歴史は、日本と全く違う、ということを思い知らされました。

日本では、森の世界と人間の世界が互いに近接しています。そして、両者がモザイク状に入り混じり、風景を作っているのです。田んぼや住宅地の背後に広がるコナラの二次林には、日本在来の植物が盛んに繁茂し、昆虫や小動物のいのちを育んでいます。ちょっと田んぼが放置されると、そこにハンノキやヤナギがやってきて、湿地の植生が出来上がります。道路脇の荒地には、どこからか先駆樹種の種が飛んできて、長い長い遷移が自動でスタートします。人間の世界の各所に、森の世界との”接点”があって、そこでは在来の植物が新たな生態系を作るべく尽力しているのです。


↑住宅地の中に突如現れる、スダジイの巨木林。東京都日野市にて。
ここだけ、原生的な森さながらの雰囲気が漂っている。かなり面積が狭いので、生態系の機能としては原生林に劣るが、それでも重要な「人間世界と森の世界の接点」。

一方ニュージーランドは、ほぼ全土が人間による高度な改変の影響を受けています。数万年かけて形成されたニュージーランド固有の植生は、開拓の過程で完全に大地から引き剥がされてしまいました。その代わりに、たった200年ほどの歴史しか持たない、外来種と牧草からなる即席の植生が、薄〜く乗っかっている。人間が、森の世界をガラッと張り替えて出来上がったのが、いまのニュージーランドの風景なのです。

だからこそ、普通の道路脇には森との接点なんてない。在来の樹木はことごとく一掃されています。国じゅうの風景が庭園のように整理整頓されているのです。

これが良いとか悪いとか、そういう話をしたいわけではありません。でも、ニュージーランドはそういう歴史を持つ国なんだ、ということは、森を見るにあたって知っておく必要があります。

その②へ続く


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