ニュージーランドでブナ林を探そう その② 〜彷徨いの夜〜
その①から続く
ニュージーランドの国道の制限速度は時速100km。日本の下道とは比べ物にならないスピードで巡航できるので、あっという間に距離が稼げます。
そんなこんなで、ニュージーランド最大の湖・タウポ湖(Lake Taupo)に到着。約1800年前(西暦181年)の巨大噴火によって形成されたカルデラ湖で、面積は琵琶湖より少し小さいぐらい。ニュージーランド屈指の観光地ですが、今回はブナ林を目的にしているので、湖畔の通過だけでスルー。
しかし、朝日に照らされて滑りを帯びた群青色の湖面は、例えようがないほど美しいものでした。
タウポ湖南端の街・トゥランギ(Turangi)を過ぎると、国道は火山高原南縁の峠に差し掛かります。ここの一帯は、北島最高峰のルアペフ山(Mt Ruapehu )をはじめとする、標高2000m近い山々に囲まれており、車窓から雄大な山並みを拝むことができました。
北島で一番山が険しい場所であることは間違いないのですが、同じくらいの標高の日本アルプスと違って、急峻な山ではないので、どの山も足元に広大な裾野を広げています。緩い曲線を描きながら、ゆったりと空に昇っていく稜線を眺めていると、日本とは全く違うところに来てしまったなあ、と改めて実感します。
しかし。
景色は良いけれども天然林が一切見えん。現在地の標高は800mを超えており、すでにナンキョクブナの生育圏に入っているはず。なのにもかかわらず、周囲に広がっているのは灌木やイネ科の草本からなるブッシュ。”森”という言葉とは程遠い、砂漠みたいな光景です。
あとでわかったのですが、火山高原南縁は、ニュージーランドで最も火山活動が活発な地域のひとつ。ルアペフ山の北側に聳えるトンガリロ山(Mt Tongariro)は、21世紀に入って以降も何回か大規模な噴火を起こしています。
度重なる噴火により、周囲の森林はすっかり焼き尽くされ、肥沃な土壌の堆積は火砕流がチャラにしてしまいました。結果、砂漠のような植生が山の裾野を覆い尽くしているのです…。
日本だったら、こういう場所にはカラマツやダケカンバがやってきて、素早く森を作ってくれるのですが、ニュージーランドではそうもいかないみたい。南半球には、カバノキ科もマツ科もいないのです。
う〜む、前半は人による撹乱、後半は噴火による撹乱のせいで、結局全然森を見れてない。
ナンキョクブナ林探しの旅に暗雲が垂れ込み始めたその時、またもや新たな問題が発生しました。
車が死ぬ
国道の脇のビューポイントで山の写真を撮って、再び車のエンジンをかけようとしたときのこと。
キーを回した瞬間に、プツンッという音が鳴ってメーターのランプが全部消えました。もう一度キーを回しても、全然エンジンがかからん。
明らかにバッテリー切れの症状です。
ライトを付けっぱなしにした覚えはないのですが、とにもかくにも充電をしなくてはなりません。5分も経たないうちにピックアップトラックがやって来たので、手を振って停まってもらい、事情を説明すると、運転手さんが充電を快諾してくれました。車には詳しいらしく、備え付けのジャンプスターターを取り出し、手際良く充電を開始。ああ、よかった…。
しかし、胸を撫で下ろしたのも束の間、運転手さんが苦い顔をしてこう告げてきました。
「どうやら君の車のバッテリーには、十分な量の電気が残っているらしい。君は電気を使い果たしたんじゃない。バッテリーとエンジンを繋ぐコネクタのどこかが壊れてるみたいだね。充電をしても、問題は解決しないと思う。」
驚愕の真実。
僕はニュージーランド渡航前、留学中の森巡りの資金をあらかじめバイトで貯めていました。それでも、そんなに大きな額を貯めたわけではないので、街で一番安いレンタカー屋で車を借りて、今回の旅に出かけたのです。
しかし、海外の”格安〇〇”の杜撰さには無限の広がりがあります。日本みたいに、”安いけど最低限の品質は保ってる”みたいなサービスは基本的に無い。値段が下がれば下がるほど、杜撰さの伸び代(下がり代?)が拡張されていきます。
このことを知らなかった僕は、死んだ車をつかまされた、というわけです。
すぐさまレンタカー屋に電話し、ロードサービスを呼ぶように頼むも、「今日はロードサービスは使えません。できるかぎり早く車が回復することを神に祈っています。」の一言だけでガチャリ。
うむ、完璧に見捨てられたっぽい。
レンタカー屋のおっちゃんは熱心なキリスト教徒で、出発前も丁寧な交通安全のお祈りをしてくれました。その時は「親切な人だな〜」と思ったのですが、コトが起こってからもお祈りで済まされたんでは、話が変わってきます。予約の時、変にケチるんじゃなかった…。
ピックアップトラックの運転手さんをずーっと待たせるのも申し訳ないので、タウランガで買った札幌ラーメンをお礼に渡し、「あとは自分でなんとかする」と言って出発してもらいました。
結局、その国道で2時間ほど足止めを食らい、最終的に修理の技術を持った中国人キャンパー2人組が停まってくれました。彼らは自前の工具でテキパキとコネクタを修理してくれて、5分もかからずにエンジンが再スタート。そればかりか、「一応、他の部位に故障がないか一通り調べてみるよ」と、エンジン全体の点検まで行ってくれました。本当に感謝…。
エンジンがかかった瞬間、本気で彼らに後光が差しているように感じました。
しかし、再出発した時点ですでに19時。僕が予約していたキャンプ場は18時で受付を終了しているので、すでに到達は不可能です。
ちなみにニュージーランドでは、公共の場所での車中泊は禁止されています。日本みたいに、そこら辺の道の駅に転がり込んで一泊、とはいきません。たとえ車中泊をする場合でも、指定されたキャンプ場に料金を支払い、そこで夜を越さなくてはならないのです。違法な車中泊に課せられる罰金は、200ドル(約17000円)。結構高え。
このルールのせいで、またもや僕は途方に暮れました。今夜どこで寝よう…。
望みは薄いですが、まだ開いてる安宿があるかもしれません。その可能性にかけて、20kmほど車を走らせて、近くの街に向かいました。
しかし、予想通りどの宿も受付終了してる…。そういえば、ここは都会のショッピングセンターすら18時で閉まる国なんだった…。
諦めの境地の中、真っ暗な住宅街でハイビームを効かせながら走っていると、前方に灯りがともった家が1件見えました。まんが日本昔ばなしの冒頭みたいな展開。
あそこの家、庭広いな…。一晩庭に車を停めさせてくれませんかって聞いたらたぶんOKしてくれるんじゃないか。
そう思って、その家の庭でコーヒを飲んでいた男性に事情を説明すると、快く了承してくれました。
そればかりか、
「ここはルアペフの麓だ。夜の風は冷たい。中に余分なブランケットがあるから、一晩泊まっていきなさい」と家の中に入れてくださいました。
先程のピックアップの運転手もそうでしたが、ニュージーランドの人は本当に親切です。困った人を見かけたら考えるより先に助けてくれる。この国に留学に来て良かった…。
お言葉に甘えて、その家に泊めてもらうことにしました。
そして、例のコーヒーを飲んでいた男性が、僕のブナ林探しを大きく前進させてくれたのです。今思えば、この家に泊まったことが、今回の旅のターニングポイントでした。
その③へ続く
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