人を動かす 良い資質を見つけて言及し動機付ける。で、正しい方向を提示して走って行ってもらう。これが俺の仕事
分厚いけど、実はそんなに文字の量はないので結構サラッと読める。
1日かからなかった。3~4時間くらい。また読むかもしれないなとは思うけど。これ多分読む時の精神状態によって、あるいは賢さによって理解できることが違うタイプの本だろ。だから繰り返し読まれるってやつ。
個人的な能力の開発は、まあわかりやすい。が、対人能力、ってか人間関係の能力を専門に考えることってあんまりないような気がしていて、組織論とかで組織レベルならあるかもしれないが、個人レベルだと少ないかなって。まあ本とかは色々あるけど、なんかしっかり学問的に個人がどうすればいいのかを考えたものってあんまりないなって。まあそれはだって、個人の好みって1番学問が手を出しにくいところの問題だからかもな。
だが、人間関係の技術はあるし、それは単に個人の好み、で話が尽きる問題ではない。もちろんどんな人間関係を築くかは個人の好みに基づくし、どんな対人関係を選んだっていいけど、大事なのは、それを向上させたいと思うなら、ある程度普遍的に通用する方法とか方針とかってものがあること。それを一回学んだ上で、そっからは好みにしよう、ってのが俺の今の結論。
何も装備しない状態で自由にしよう、じゃ弱すぎるから、一通りの装備をした上でそっからは自由にすれば?と思っている。
原則を学ぶことには意味がある、と思うし、学んだ上で原則を蹴ることには賛成というか、原則という名のゴミだったら蹴ればいいと思う。ただし、それは学んでみないとわからないし、もしかしたら根本的な効果を上げるものかもしれない。だから一回は学ぼうねと。
人のせいにしたがる人間が多いし、そういう人間と付き合ってもいいことはない。OK?
すごく聡明として知られる人は、その前にすごく盛大なアホなことをやってその痛い経験から学んだ人であることが多い。そう考えると、人間は結局どこまでいっても間違えて学ぶことしかできないんだなと思うし、できれば歴史から学びたいが、まあそれにも限界があるから自分で経験しないといけないんだろうなとも思って、ちょっと暗い気持ちになる。まあでも行けるとこまで行こうか。
自分を変えるには、今から頑張ってもクリスマスまでかかるかもしれない。それは随分と可愛い戦いだなと思ってちょっと微笑ましかった。それくらいの軽さでもいいのかもな。そうだな、クリスマスまでくらいで変わっていたいよな。できるさそんだけ時間があれば。
まず学んだこと1個目な。人を批判しても自己正当化されるので、どんだけ論理的な批判だろうが人を批判することに意味はない。人を責めるな。意味ないってかむしろ恨まれるだけだから。
もう1つ付け加えるなら、人を責めることはバカでも出来る。感情に任せて騒げばいいだけだから。人を責めるのは、意味がないし、下品だ。俺はやりたくない。個人的な意思として。
IT技術の進歩も目覚ましいが、俺の理論も結構進むのが早くて、10日前に当たり前と思ってたことが今あっさりひっくり返ったりしてる。就活の評価は単純な質✖️量ではなくて、能力があるかである。喋ればいいってもんじゃねえ。すまん嘘ついたわ。理解すればするほど俺が上部の薄っぺらい浅いことしか知らなかったことに気付くし、ああ間違ってたなって思う。
これまで上手くいかないこともたくさんあったしそれを思い返すと残念な気持ちにはなるけど、まあそれはやっちゃったことだからしょうがないよな。俺の美点は、あるいいは長所は、最初から失敗しないことじゃなくて、最初にたくさん失敗をして、そこから学んで立ち直れることだろ。だから失敗すること自体は、まあ凹むけど、それはそれでいいし、どんどん新しく学んでいこうよ。
まだ読み切ってないというか超序盤だから、また同じようなことを書くかもしれないし、間違ったことを書くかもだが、人間が満たして欲しい欲求は2つであり、機能的に有能である、という欲求と、人から好意を持たれたい、という感情的な欲求。どうもこの2つになるらしい。
個の能力で勝てなかったとしても、正直問題はない。それよりも、機能的な有能性を指摘することと、感情的な好意を伝えることで人を動かすことが大事である。
一般的な優秀さってのは、自分の外部の対象を弄る能力のことを言う。つまり、自分の外にあるペーパーワークなりプログラミングなり料理なりスライド作成なり資料分析なりなんでもいいけど、自分の外にあるものを弄るのが一般的な優秀さ。
で、今俺がやってるのは、つまり人間関係の技術ってのは、自分の心を弄る優秀さなんだと思う。つまり、文句を言うんじゃなくて褒める、みたいな自分の感情を統制する技術を学ばされているし、正直それは他の技術とはまた違うんじゃなかろうか。まあ技術を習うってレベルだと同じだけど。
雑におしゃれとか可愛いとか言っても正直微妙ってか軽いことはわかるから、ちゃんとああいいなと思った時にそう言ったほうがいい。
相手を動かしたいと思ったら、相手が何を欲しいのかを把握しないといけない。まあ金で釣るのは1つよくある話だが、恋愛でそれはない。体で釣るとして、あんまり男ができることではないな。てかそれは恋愛とまたちょっと違うか。俺自身を欲しいと思ってもらえたらそれが1番楽だ。てか、そうじゃないと恋愛は成り立たないだろうな。
そのためには俺が相手が欲しいものを持ってないといけない。てかさっきのは、人間は機能的な有能性を認めて欲しいって欲求があるって話よな。で、それとこれを絡めるのであれば、機能的な有用性を俺が何度も指摘することで、俺を欲しいと思ってくれるのかもしれない。まあこれに関してはちょっと、機能性の話になるので恋愛の本質からは遠ざかるんだが、まあでも、物事には最初のフックが必要だからな。
なんか、なんでこれを読んでるのかわからなくなってきた。問題意識はなんだっけ?議論における感情面での生産性の向上の方法について俺は知りたかったんだが、議論に限定して言及されてるわけではないので、一般論としてまず受け入れてから議論にどう応用するか考えたほうがいいか。
相手が何を欲しいのか理解することで相手を動かす。そんで、概ね人は、機能的有能感が足りてないので、そこを言ってあげると動いてくれる。なんか本に書いてある順番と逆の纏め方をしてるが、こっちの方がわかりやすい。
相手の欲求を見つける、把握するって方法ともう1つ、相手に欲求を生じさせる、っていう方法もある。マーケットインかプロダクトアウトかって話な。相手の欲求を見つけるか、相手の欲求を生じさせる。まあとりあえず、相手の欲求を探しに行くことが、見つけるにしても生じさせるにしても前提になるな。相手を知らないと欲求についても推測できない。知らない人の知らない好みの推測はできない。
ここまで読んできて今思うのは、人間は機能的に有能であると感じたい。そこまでは万人共通。だが、それが具体的なレベルになってくると人によって形は千差万別で、ものを買うことによって有能であることを示したいとか、外見の美しさによってとか、年収によってとか、資格によってとか、読破した本によってとか、あるいは有能感を感じさせることを阻害している要因を取り除きたいという形の場合には、あの上司がとか、あのクラスメイトがとか、もうほんとにいろんな形に具体的に分岐する。が、でも大元は、自分が有能であると感じたい、という点では同じだなって感じがする。何かしら自分が機能的に優れていることを感じたい、ってことなんだと思う。承認かな。
この人の欲求はなんだろう、この人はどういう餌で動員できるんだろう。てかじゃあ好きなものを自己紹介で言うとかって超危ないな。それで釣られるじゃん。
相手の欲求は何かを知るところから始めよう。この人は何を求めてるんだろう。何が欲しいんだろう、好きなもの、大事なもの、手に入れたいもの。そういうものだよな。何を手に入れたいのか、それが欲求。この人は何を手に入れたいんだろう、ってことな。ただし、結局何を手に入れたいにしても、それは自分が機能的に有用であるってことを示すことに繋がっている。ただし、どんな機能的有用性を求めているのか、って部分は人によって違う。確かにな。
ここまでで第1章な。
相手が何を求めてるのか。最終的には機能的な有能性ってのはそうなんだが、そこまで行くと抽象度が高すぎてそっから考えても何にもわからん。だからそれよりは、この人は何に興味がありそうか、何を手に入れたいと思ってるかってところを考えた方がいいんだろうな。それをやってって、慣れてきたらまあ中小から具体に一気に飛べるようになるかもしれないが、俺はまだ無理。情報と経験が不足してる。何かに興味がある、何かを手に入れたい。これが欲求。で、相手の欲求を把握して釣れるようになることが今の俺の目標。
まあ最初から上手くできなくていいから、相手の欲求は何で、それを使ってどう動かすか、ってところをとりあえず考えればいい。ちょっとずつ上達しよう。1日じゃ無理だ。クリスマスまで。
欲求っていうのは、ネガティブの改善とポジティブへの向上ってに種類があって、うーん、強いのはネガティブの改善かな。でもまあ、何かを求めたり興味を持ってるってことに関しては同じか。機能的有用性を得たい、っていうのはある種背景であって、欲求ってのは何かを手に入れたいってことだな。知識なり経験なり。理由は様々だが、まあまとめようと思ったら機能的な有用性ってまとめていいんだけど、まあそこまで行くと何も言ってないに等しくなるから、求めるものは人それぞれだが、みんな何かしらを求めてるってところでは同じで、それを使って釣るってことが大事よな。
関心を持つことで関心を持ってもらえる、というのはきっとそうだが、なんか綺麗事っぽくてイマイチうんそうだねって言えないんだよな。いやまあ一定そうだと思うけどさ。
何か欲しいものがあったとして、それをまだ手に入れてないのは何か障壁があるからだろう。トイレ行きたいと思ったら行くし、水飲みたいと思ったら飲むじゃん?何か欲しいと思って手に入ってないなら何かしらの障壁があり、それを一緒に解決するってことがいいよと。
人間は自分自身に対してびっくりするぐらい関心がある、っていうのは、俺も含めて確かにそうかもな。俺の名前がつけられた動物がいたら、確かに気にしちゃうよな。
名前を覚えるってのは、一つ簡単に真似できることとしてあるかもな。やってみるかあ。表面的かもしれないが。
名前を覚えるってのは、俺がやらないといけないことっぽいな。俺の頭にかけて。
相手の話を面白いと思って聞くってのは大事なことだよな。そのためには、相手に面白い話をしてもらわないといけないし、そのためには、相手が関心のあることを話してもらわないといけない。好きなこととか関心のあること。欲求のあること。だいたいそれに関して俺より知ってるだろうから。
相手の話を聞くことはできるよ。できるが、なんか面白い話をしたいと思ったらどうすればいいんだろう。俺の欲求をそこに重ねていく方がいいよな。
聞くって難しい。俺がどう返せばいいかとか考えてたらダメで、相手の話に集中してないといけない。だけど、相手の話に集中するってなんだろう。何を考えてたらいいんだろう。
俺が、話してて楽しいって思うのはどんな人だろう。俺が話してる時に目を見てくれて、話を遮らなくて、聞いた後に何かその人らしい感想を、そして基本的にはポジティブな感想を伝えてくれること。黙って目を見て聞いてくれて、何かポジティブなことを言ってくれる。そうだな。そのくらいかもしれない。そのくらいかもしれない。上手に話を聞くってのは、黙って目を見て聞いて、何かポジティブな感想をいうこと。だとしよう一回。俺の実体験から。あとできることなら、その人自身の特性とか性格について話したい。もしできるならってことだけど。
話し上手になるには、相手の話をうまく聞け、って書いてある。喋るなと。まあ知ってるよ。
相手の欲求について調べてそれについて会話する、ってのもokらしい。その意味では、個人としては興味がなくても何かを知っとくってのは、アメリカ大統領とかは普通にやってるらしいよ。すげえな。相手の欲求に対する動き方が鋭いわ。相手の欲求の対象についてあるいは欲求について話すってのがやっぱ1番強い。その後にも繋がるし。それが事前にわかるなら知っとけって話ね。
いや最終的にさ、会話して幸せになって欲しいよな。その水準に達してねえと思うし、それをどうやって数値化すればいいのか難しいけども。
人間関係の技術は今のところ、全てが相手の欲求を中心に回っている。相手の欲求について話すことで好意を得る、相手の欲求を提示することでうまく動かす。相手の欲求さえ抑えて仕舞えば、それで人間関係はコントロールできる、と言っている。ごめんもう1つ、機能的に有用性であることを求めている。まあ欲求の一つではあるけど。機能的な有用性の言及はそうとして、相手の欲求ってのが他にもないかってのは大事だな。手に入れたいものとか、その結果として手にしているもの。
まあ正直話すことには時間を使うわけで、だったらやっぱ相手がちゃんと関心があるものについて聞きたいよな。興味があるとか好きとか大事って言い方の方がいいか。希求するものと言ってもいい。でもそれだと手に入ったものが含意できないな。んー。心が惹かれるもの、だよな確かに。心が惹かれるもの、いい表現だな。魅了されるとか好きってのもいいな。好きなもの、が1番いいか。相手の好きなものを把握すること、そして、機能的に有用であることってのは、誰もが好きなことよな。
もう1つポイントは、相手の好きなことって聞いてると、そこには相手の努力とか工夫があって、そういうものに対しては普通にすごいなって思えることだし、それを伝えたら相手は嬉しい。だから、相手の好きなことを把握し、それを中心にコミュニケーションするってのは大事なのよ。機能性も押さえられるし。
好きってのと、こうでありたいってのはちょっと違うよな、でもどっちも欲求にはなるよな。うんまあだから、何に心が向いてるか、ってことな気がするな。自分の外にある対象に心が向いたら好きだし、自分の理想の姿に心が向いたらこうでありたい、だろ。心が向いてる先を一緒に見る、って感じだな。その向きを餌として利用すると。
本当にな、家族を尊重するって難しいよな。本当にな。俺はまだまだダメだこれに関しては。
餌として利用する、って言ってもいい。もちろん。だけど、その結果として何かしらの関係性を築いていくんだから、それは、うーん、目の前の人が何かに心が向かっていることを感じて、それを一緒に同じ方向を向く。そしたら賛辞の言葉はなんか自然に出てくる気がするんだよな。なんでって言われてもよくわからないけど。何か考えたり努力してるわけじゃん?何かに心が向かってる時って基本的に。だからかな。
まあすごく勝手でご都合的な解釈をすると、俺は具体に興味はなくて、解釈とか人格に興味がある。だから相手の心がどこかに向いているってのを感じた時に、その対象が面白い時もあるけど、基本的にはその流れの源流を、つまり相手のことを見てると思うんだよな。ああこの人はこういうふうにものを見るんだとか、こういうふうに物事にアプローチするんだ、とか。なんかその意味で、相手のことを自然に話題に載せられたらいいなと思う。
批判されてる時は、自分で自分を徹底的に批判しちゃえばいい。そしたら相手はもう基本的にいうことがないから。
人を批判したり、悪口を言うとしても、そこからは何も生まれない。賢い人間なら、悪口なんて言うな。
俺が優秀だとか、俺が賢いとか、そんなことを言ったって生産性は0だ。まるっきり0。何も生まれない。もし相手を批判したとしたら、相手は敵対して生産性の向上に協力してくれない。もし俺が俺の非を認めて相手を称賛し、その上で手伝って欲しいと言ったら、多分それが1番生産性を高める。俺と相手のポジティブネガティブに注目した時に、相手のポジティブについて話すのが1番生産性が高まる。俺を外し、しかも相手のポジティブに焦点を絞れ。そうすると相手が動いてくれる。こっち側になってくれる。
どうも会話の目的ってのは1つであるように思われる。相手のポジティブについて話をして、それによって相手を動かすこと。そして基本的にはそれを相手に話させること。相手に何かをさせようと思ったって無理だ。特に購買とか。だから、相手のポジティブに言及して、それをよりどう活かすかとかって話をした方がいい。
褒めてやらせるってのと意見を言わせてやらせるってのは、似てるな。君は素晴らしいね、どうしたらもっと良くなるかな、じゃあやるよね、っていう。褒めて動機を作り、考えさせて方針を立てさせ、あとは勝手に実行すると。ポイントは動機を作ることで相手に計画設計と実行を自発的にやらせること。俺が何かやらせようと思ったらそれは無効になる。
今もう完全に、俺個人の能力開発に関しての思考を諦めて、どうやって他人を動かすかってことを考えてる。その意味では、新しいところに入ったが、古いところをちょっと置き去りにしてしまった感じがある。が、まあ一気に両方をやるのも結構無理があると思うので、そして個人能力よりもこっちを今は勉強した方がおそらく利回りがいいので、こっちを1回やることに意味はあると思うんだよな。そう感じる。
相手が持つ特別な資質に気づいてそれに言及できた時、それはすごく相手のためになるし、相手はその資質を軸に大きく伸びる。変わる。
相手を突き放した時には快感が伴うが、それはこっちの方が立場が上だ、みたいなタイプの有用感であると思う。で、それはその一時点のフレームの話であって、それよりも、相手に親身になって相手の心の動きを一定コントロールした、と言うことの方が面白いし重要な有用性だと思うんだよな。そこまでの抽象水準を持ちたい。
実際以上の評価を与える、ってのはいい表現だ。それはまさしく、課題解決させるってことだろ。君はこんな理想的な人間なんだ、って言われると、今の自分とのギャップを意識しちゃうし、それをどうやって解決するかってことが頭に浮かぶ。
その意味で、これは君が到達できる理想的な像の一つだって提示するのは結構いいと思うよな。ここまで行きたい、って思わせること。褒めるしか勝たんな。
ああでもまあ、大体全部それな気もするな。こんなにあなたは素晴らしい、ところで私は今こうやって困ってるんだけど、どうすればいいと思う?あるいは、そんなに素晴らしいあなただからこの問題にはどうするの?って問いを解かせると。
相手のポジティブな資質について確信すること。それを相手に伝えて、そのことで相手は前向きに理想へ向かうし、その中に俺の要望をこそっと置けばいい。
多分何事も向いてないと、あるいは才能がないとやっていけないから、だから相手の資質を見つけてそれを美化して伝えるってのが1番効果がある気がする。
基本的に人間関係のポイントは相手の質よりも、俺が正しくあることだよな。うん。
欲しいなと思って待ってるもんは大体待ってること自体を忘れた頃に届くので、さっさと何か他のことに没頭した方がいいよ。待ってるの疲れるし、待ってる間は大体来ないし。
俺と比べて相手が賢いかどうかなんて、それは俺のいい資質を遠回りに自慢したいだけだ。そんなことどうだっていい。相手のいい資質をよく見て、それを言及して伸ばしていくこと。それが俺の仕事のもう1つだろ。そのために全体性を見ること。そして間違わないように見守ること。そうだろ。
言い換えると、個としての能力での競争から降りろって言ってるんだ。そんで、全体性を司る能力での戦いをやれと。まあでも、そういう人がたくさんいればそれはそれで、個としての能力もあるだろうから回るのかな。相手のいい資質を見つけて言及することで、相手がそれを伸ばす動機を作ること、そしてその中に俺の要望をこそっと入れること。俺はただ相手に資質と理想を与え、あとは相手が勝手にいい方向に走ってくれる。そこな気がするな。まあ一応踏み外さないように全体を見とけば?と思うけど。
ちゃんと資質を指すのが大事だぞ。俺より優秀な人を動かして良いアウトプットを出す、ってのが大事だし、その意味では、俺は個として1位じゃなくていい。個としては当たり前に優秀だけど、それ以上に、俺よりも優秀な人を動かせる、という点で優秀でありたい。俺より優秀な人に動機を与えて孤立した個のかき集めより良い結果を出す、という点で有能でありたい。周りを有能だと感じさせる点で有能でありたい。果たしてGDのレベルでそれができるのかっていうと、どうなんだろうな。完全ではないかもしれないけど、でもそういうことができるといいよな。
日常は小さな努力の連続だ。連絡したりとか、花を送ったりとか。そんな小さな努力の連続があるかないかが、結局は大きな意味を持つ。だってどこまでも日常は退屈だからね。まあそうやって他者を幸せにするのが大事なのかなって。相手のいい資質を見つけて伝えて動機付けすること。その中に何かを組み込むこと。
家に帰った時に、誰かがご飯を作ってくれてて出してくれるって、よく考えるとすごい奇跡だよな。手続化されてるから普段は何も思わないけど、知らん人が疲れてるでしょうってご飯を作ってくれるって考えたら、すごい思いやりを持ってもらってるよな。すごいことだわ。
俺を好きでいてくれる人よりも、俺が大事にしたいと思う人を俺は選ぶ傾向がある。恋愛の話ね。なんでかよくわからんけど。
メモを振り返ってまとめ。
俺がやるべきことは、相手のポジティブな資質を見つけて言及することで動機付けをすること。そうやって他者を動かし、その中に必要であれば俺の要望をこそっと入れ込むこと。
うーん、動機付けた上で、正しい方向に走れるように、全体性を提示してあげる、あるいはヒントをあげるってこともあるかもしれないな。ただまあ、仕事の要点は動機付けってところが大きい。
全体性を把握しつつ、良い資質を見つけて言及して動機付けする。そんで正しい方向を提示して走らせてあげる。ここまでが俺の仕事だな。その走る速さで負けても構わない。
だからもうちょっとわかりやすく分解すると、俺がやることは、①良い資質を見つけるために、マトリックス的視点の意識を持つこと ②良い資質について言及すること ③正しい方向性を提示すること
①、③、②の順番に難しいと思う。おそらく。