『海の向こうでこんなこと言われた』#4
「あなたたち、○○するんでしょ?」
「ロンドンに暮らすことはね‥」
セルマ・ホルト‥この人のことはこれから何度も触れると思う。
英国一の女性舞台プロデューサー。
リミッテッド(期間限定)のみの良心的で質の高い作品作りに定評がある。
つまりロングラン狙いの投機的な制作はしない。
数々の演劇賞を受賞。
デーム(栄誉称号・男性はサー)の叙勲を受けている。
この人がニナガワ演劇のヨーロッパ公演を全て仕切っていた。
それで僕も20数年間、毎年顔を合わせ、とても仲良しになった。
彼女のオフィスに行っては芝居の話に耽り、
「これは観なきゃダメ」と劇場チケットの手配をしてもらったりもした。
元女優で、オフィスにはRSC(ロイヤルシェイクスピアカンパニー)『夏の夜の夢』にハーミアで出た時の写真が飾ってある。
メッチャ可憐な美人!
その写真からは、現在の大胆にして緻密、抜群の行動力、自信と威厳に満ち、破壊力MAXの毒舌‥のキャラクターは想像出来ない。
勿論、年経てなお美形でチャーミングではあるがね。
その彼女がある日こう言った。
『私ね、初めは日本人と仕事するのが怖くて仕方なかったの』
「え、なぜ?」
『もの凄くクレバーでブレイブだって聞いてたから』
「その何が怖いの」
『だってあなた達、切腹するんでしょ?』
「えっ‥!!! しないしない」。
彼女は「日本人は恐ろしく潔癖で高潔で自尊心が高く、恥を感じれば躊躇うことなく自決する」というイメージを持ち、怖れと(幾分の)憧れのようなものを持っていたらしい。
‥ドモ、コンチあたしどもはヘタレになりまして、ソノ‥ジケツなんてものすごいことは‥まずだれも‥できないんでございますよ‥。
ある日、彼女に基礎的な質問をした。
「どうしてウエストエンドを中心に50を超える劇場がひしめき合っているのに、やっていけるの?」
応えはシンプルだった。
『だって、ロンドンに暮らすことには「劇場に行く」ことが組み込まれているからよ』
‥ゴメンナサイ!‥
彼女は100%は正しくない。
下層の人たちは劇場には行けないからだ。
然しご存知だろうか、
ウエストエンドの劇場街のソワレの開演時間は早くて19時半。
19時45分とか20時なんてのもザラだ。
勤め人は一旦帰宅して着替え、奥さんや家族、恋人と街へ出て食事をしたり軽く飲んだりしてから観劇をする。
終演後にレストランやクラブへ行く人もある。
終電? ヤボなことは言いなさんな。
ウエストエンド周辺を走る地下鉄の営業終了は遅く、
本数こそ少なくなるが深夜バスは朝まで走り、
街ぐるみでこの「演劇の都」をサポートしているのだ。
無論、外国から観劇を目的として訪れる人の数も日本とは比べ物にならない。
あーあ、ため息出るね‥
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