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『海の向こうでこんなこと言われた』 #1

『今夜のファイトに負けるなよ』

【NINAGAWAマクベス】ナショナルシアター公演で初めてロンドンに行った時のこと。初日が開いた翌日、この日は夜公演のみだったので、欧州一と噂に聞くカムデンタウンのマーケットにひとりで行ってみた。

バスを降りて方角が分からず道に迷った。
行先にプロテスタント教会があり庭に牧師らしき人が立っている。
垣根ごしにマーケットへの道を尋ねたところ、
『時間はあるかい?』
「ええ少しなら」
『今からお茶にするから飲んで行かないか?』
喉も渇いていたので彼に付いてキッチンへ。

奥さんの入れてくれた超おいしいミルクティーとスコーンをいただきながらの会話。

『ロンドンで何してるの?』
「実はナショナルシアターで舞台公演中なんです」
『おう!日本のカンパニーが来ているのは知ってるよ。演目、なんだっけ?』
「マクベスです」
『そうだったな!で、君がマクベスか?』
「いやいや、マクダフをやってます」
『エッ』と夫妻が顔を見合わせて

『マクダフは君のような男じゃない』

「は?」

奥さんがニコニコと別室から画集を持って来て見せてくれた。
本物のマクダフの肖像画。

勿論『マクベス』は実話を元に書かれているのだ。

見てビックリ!

初めて見る肖像画のマクダフは
顔中ヒゲで覆われた熊のようなむくつけき大男!‥こりゃ強そうだ!

『こんなに君とは違うぞ』
「い、いやそれはですね‥我々の上演では全てを日本の昔の、も、桃山時代に置き換えてですね‥ファイティングも日本刀を使い‥ある種の様式化‥」
(なんで俺は必死になって言い訳をしているのだ?)

『そうか、日本の昔のサムライは小さな体でもとても勇猛だったという話だからな』
「え、ええまあ‥」(俺、そんなに小さくないんだけど‥)

とまあ30分ほど話をして「ありがとう」で外へ。

二人が送ってきてくれて『そこの階段を降りて、運河沿いの道をあっちに行くんだ。二つ目の橋をくぐった所がカムデンロックだよ』
‥歩いて5分ほどのところだった。

階段を降りる時に背中から
『ヘイ、ジョー!』
振り返ると

『今夜のファイトに負けるなよ』

「な、何?」

『君が負けるとスコットランドは大変なことになるからな!』

とニヤリ‥
なるほど、マクダフはスコットランドを救った英雄だった!

「大丈夫!」負けない(ことになっている)から。

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