恋も揺れ、愛も揺れ。
幸せになるために必要なものなんて、最小限のはずなのに。
それを抱きしめて生きることがどれほど難しいことか。
少し冷えた冬の日。
滲み始めた星が、風に吹き飛ばされそうな夜。
駅に向かうあなたの背中。追いかける私の弾む肩。
手を伸ばせばすぐに届く距離だった。
あなたのシャツの裾を握りしめるなんて、容易いことだった。
だから、手を伸ばさなかった。
そんな、理由で。
今では、もうどんなに手を伸ばしても触れられない。
記憶のなかのあなたは、どんな声でどんな仕草でそこにいただろう。
どんな瞳をして笑っていただろう。
私を引き寄せた腕の強さは、どれほどの力だったろうか。
思い出して、反芻するごとに記憶は脆く崩れていく。
記憶の網の目が少しずつ大きくなって、解れていく。
いつしか、私自身になっていく。
結局一度も触れられずにいた君のくちびるは、いつも優しい言葉で溢れていた。
振り返れば一緒に映る写真はひとつもなくて、
それでも覚えているのは、私に向けられていたやわらかな眼差し。
全てが過去になったとき、
思い出も置いていかなくてはならないのだろうか。
いつか離れてしまう2人だとしても、あなたの影だけでもそばにおいてくれたら良かった。
借りた鉛筆の一本だって、あなたに会う口実になったのに。
何一つ残さずに私の前からきれいに消えてしまったね。
蜃気楼のように揺れる思いは、ただあなたの幸せを願っています。
悲しいのは、自分にはもう何もできることがないということだけ。
あの花をどこかで見かけたならば、
私のことを優しい過去としてきっと思い出してください。
そして。
いつかまた巡り会えたなら。
初めて出会ったような顔をして、他愛もないことで笑い合いたい。
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