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【恋愛小説】 恋しい彼の忘れ方⑪【創作大賞2024・応募作品】

「恋しい彼の忘れ方」 第11話 -決意-

5月初旬の朝。
賢人が、ハァハァ息を切らし、腕で汗を拭いながら玄関からリビングへと入ってきた。額につけたバンドや、服が汗でじっとりと濡れ、重力が増している。
そのまま洗面台の方へ向かい、脇に置いてある洗濯機に、脱いだ服を荒々しく放り込む。
私は、リビングのイスに座って本を読みながら、声をかけた。

「今日は外、暑かったー?」

「え?あぁ、そんなにはね。走ると暑い。」

私は、なんとなく朝、これを聞いている。さほど興味はないのだが、着る服を決める参考にするためだ。
賢人の逞しい身体が覗く。鏡で背中の筋肉がどのくらいついたか、チェックしてるみたい。割り箸割れるんじゃないの?と思いながら、また私は言葉を発した。

「賢人って、自分が決めたことしっかりとやるよねぇ。」

「──は?じゃあ聞くけど、自分との約束と、人との約束、どっちが大事だと思ってるの?」

賢人は、急に真顔になり、こちらを向いて、私が今まで考えたことのない質問を投げかけてきた。

「──え?──人との約束?」

「ふっ。自分との約束守れねえやつが、人との約束なんか守れるわけねーだろ。」

賢人は、そう言い残し、着替えを取りに2階へ上がっていった──。
私は、心にひっかかりを感じた。
あれ?人との約束のが、大切なんじゃなかったっけ……違うの??

教員としても、「自分のクラスよりも、学年」を、「学年よりも、全校」を、優先してきたし、そうしなければならないと思った。新任の先生にもそう伝えたことがある。
生徒には、「3分前着席」「提出物を期限まで」、これは相手に迷惑をかけないためだよ、そう伝えてきた。

自分の行動は、相手の為に。自分を犠牲にしてでも。今まで、それが基本でやってきたけれど、何か、違うのかもしれない──。



明くる日の9時、私の電話が鳴った。職場からだ。
何だろう?と出ると、なんと、「始末書」を書いてくれ、とのことであった。育休前、私が担当していた、補助金の申請が出来ておらず、予算のやり繰りがうまくいかなかったようだ。私は血の気が引いた──。
謝罪と、次の日に伺う旨を伝え、電話を切った──。



その日の11時。
マリさんから紹介してもらった、アートセラピストの今井朗さんとテレビ電話をした。

今井さんによると、アートには、無数のメッセージが、色や形として現れる。潜在意識にアプローチして、心の問題解消に向かうことが出来る。感情の解放や、自己成長の気づき、再発見を促す、とのこと。

私は、テーマとして、今朝あった「始末書」事件のことを話した。"責められるかもしれない"とドキドキしたこと、補助金申請などの定型的な仕事をつまらなく感じていること。
初めはワクワク、やる気に満ちてモチベーションが高いのに、変化がなかったり、他者から口出しされると興味が薄れ、"他の人がやってくれたらいいのに"と投げやりになること。

今井さんは、そんな私の愚痴をゆっくり頷きながら聴いてくれた。
そして、尋ねてくれた。
「どんな風な自分でいられたらいいですか?」

「んー……自分でやっていく、ぶれない自分、かな。"自分軸"が、ある自分。」

「わかりました。それでは、自身の内面に繋がりましょう。ひらめき、直感を、大事にして。右脳の、想像の世界へ。」

「はい、お願いします。」

「それでは──。私の部屋のこのドアを見てください。この向こうには、想像の世界が広がっています。このドアの向こうには、どんな世界が広がっているでしょう?
それでは、目を瞑って──。パッと見えてきたことでいいですからね。直感を大切に。」

「はい……。あ、海が見えます。」

「いいですね。そのまま3分間、自由に、お話を進めていってください。では、どうぞ。」

私は、海を見た。暗い、夜の海だ──。月が明るく、周囲を照らしている。闇は漆黒ではなかった──。ザザァ……と波の音が聞こえる。
そして、足元に、白い子犬が駆け寄ってきた。ふわふわの柴犬のようなその子を、私はしゃがんで愛でる。なでなでしたり、顔を挟んだり。子犬は嬉しそう。
暫く戯れ、私は歩き出した。波打ち際を。裸足で。子犬は、私の足元を、付かず離れず、ついてきた。足元には、自分が歩いた足跡、波、貝殻やヒトデ、などを見た。"あるな"と感じた。
そして、前から人影が向かってきた。
帽子を被った──あの男の人は──。

その人は、暗くて、顔も見えなくて、影のような人だけど、この人は──大輝だ、そう思った。 
影の人と、並んで歩いた。すると、直ぐ、
「俺、こっち行くわ──。」と、手を挙げて別れを告げ、行ってしまった──。

そんな──。大輝──。
涙がどっと溢れてきた。
私が追いかける間もなく、直ぐ姿が見えなくなってしまった──。

足元には、子犬。そして、私。
暫く立ち止まっていた私は、子犬と一緒に歩き出した──。


そんな、夢みたいな物語が、見えた。
今井さんが、「目を開けてください」と言った時には、もう、涙で顔がぐちゃぐちゃに濡れていた。
私は、「すみません」と言って、ティッシュで涙をふき、強く鼻をかんだ。
そして、今井さんの言う通りに、見えた場面で1番印象的な場面を、紙に描いた。

今井さんは、私が見えた物語の話を聴いた後、優しく質問してくれた。
「なぜ、海に来たんですか?」

「リラックス、安心を感じたかったんだと思います。」

「影の人は、思い当たる人はいますか?」

「はい、あの人だな、って分かります……。」

「どのくらいの時間、影の人と歩いていたんですか?」

「その時感じたのは、5分くらいかな……。もっと一緒にいたかった……。楽しかった。時間が短すぎて……。」

「もっと一緒にいられるとしたら、どうしたかったですか?」

「もっと話したかった……。私が与えてあげられるものがあるなら、気づかせてあげたかった。貴方には、もっとあるよ、って……。」

もう、想像のことなのか、現実のことなのか、自分の中では境目がなかった。
その影の人は、大輝で、はじめから私の元にいた子犬は賢人なんだ、と直感でわかっていた──。
何で、仕事の話をしていたのに、大輝のことを思い出すの?何で──?もっと一緒にいたかったよ──。マリさんに言われて、頭では分かったつもりだったけど、やっぱり心はまだ、求めてるんだ──。
私は戸惑いを隠せなかった。なぜまだこんなに涙が出るんだろう、と疎ましく思った。


今井さんは尋ね、私は泣きながら、つっかえながらも答えた。
「アートからの無数のメッセージは、現実世界にもって帰れます。そのヒントは、何だと思いますか?」

「"自分がどうしたいのか"、やりたいことを大切に……。自分を大切にしてくれる人と、歩むこと。自分も誰かに手渡すこと。責任をもつこと。
誰かがどうにかしてくれるっていう"他責思考"を手放すこと。
だと思います……。」

「助けてくれる、影みたいな人も現れますね。」

「はい……。私は、今まで、風に吹かれたら、それに流される笹舟のようでした。自分の軸がありませんでした。周りの人や環境のせいにしていました……。
でもこれからは、杖、ケリューケイオンの杖みたいな、軸をもちます。地面を刺して、私が水を出す、私が湧かせる。私がやるんだ!と覚悟を決めます。
自分らしく、自分が喜びで満たされる、そんな風に生きたいです。」

大輝は、途中で離れて行ってしまった。でもそれは、大輝が「自分の軸」をもって、違う道を選んでいっただけなんだ。
私にとって、大輝は、「自分で立ち上がり、道を歩む姿」を見せてくれた人。教えてくれた人。その姿に憧れた。
もっと側にいたかったけど、大輝……少しの間だけだったけど、一緒にいてくれてありがとう。
そう感じた時、リボンの麦わら帽子を被ったさっきの私と、子犬が見えた。女の子はニッコリ笑って、「もう大丈夫。私は私の道を歩いていく」と言った。

私は、今井さんにお礼を言って、別れたあと、直ぐにタブレットで絵を描いた。
別れは寂しかったけれど、「歩いて行こう」と決めた、あの景色を残しておこうと。

.



夜、賢人に「始末書」のことを相談した。
すると賢人は、眉間に皺を寄せて、
「クソだなその職場。育休中の人に、始末書かかせるとはどういうことだよ。」
と怒りを顕にしていた。

私は、賢人に、私がしっかりと自分で調べたり考えたりして出来なかったこと、人任せにしていたことを伝えた。そして、どうすればこの事態が起きなかったのか、今後の予防策について一緒に考えて欲しいと。

すると賢人は、紙と鉛筆を取り出し、簡単な模式図を描いて、「担当者レベル」「管理職レベル」「チェック体制」「見通しの立て方」など、観点事に分かりやすく示してくれた。
私の話をきいて状況を理解しながら、必要な手立てについて説明してくれた。
私には今までなかった視点を貰った。

「賢人、すごいね……。本当にありがとう!」

「こんなん、民間じゃ当たり前だよ。それより、これをやってなかったあんたの職場が異常だから。怖いわー。」

賢人はわざと、怖がるふりをした。
私は、「ほんとだね。」と言って、笑った。

賢人は、私にちゃんと向き合ってくれる。一緒に考えてくれる。賢人の優しさが心に染み入った……。

そして、「始末書」の改善策の欄の最初に、こう書き加えた。

『担当者が責任をもって事業の見通しを立て、遂行すること。』



第12話 本音










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