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打ち上げ花火を見上げればふと彼女の顔が浮かぶ


夏の空は今にも泣き出しそうな分厚い雲が覆ってゆき、どんよりと、でもわたしの心に寄り添うかのようにシンクロしていた。
見えぬ未来を重ねてただ下を向く。しかしそれは「自分の未来」ではない。
それはこの世を去った彼女の未来だ。

彼女は母の知り合いでそこまで個人的な関わり合いがあった訳では無い。
しかし、わたしが殻に閉じこもっている時でも気軽に声をかけてくれた。
そんなふとした優しさを分けてくれた彼女が家族を残し、旅立っていくという哀しさと切なさは当時のわたしの心にも衝撃を与えた。

乳癌だった―。

少しずつ不自由になってゆく姿を時折見かけていたが、最後は生前よりも肌艶よく綺麗な寝顔で安らかに旅立って行った。
その姿は残されたものに安堵を与えてくれた。
彼女はしおれかけの花火のようにそっと息を引き取ったかもしれないけれど、見守るように夜空に打ち上がるあの夏の花火のように残された者の未来をきっと照らしてくれる。

わたしは花火を見ると何故だか彼女の事を思い出す。



昔、この出来事を元に弔いの唄を作った。月並みだけれど「 花火」という曲名で。
大して弾けもしないギターで、慣れないテレキャスターで、簡単なコードだけを鳴らしながらメロディと詞を作成した、あの夏の唄が懐かしい。

梅雨明け前の初夏、どんよりとした夕方の薄暗い空のもと、喪服を着て参列したお通夜。
まだあまり経験のない人の死を身近に感じた。お年寄り以外の年代の方の葬儀は初めてだったかもしれない。
わたしよりも少し歳下の長女と次女が居る前でわたしが泣いてはいけないような気がしたけれど、始まりの時に「故〇〇」と読み上げられた瞬間はこの世にもう居ないという現実を突き付けられ、堪らなく涙が溢れた。
そして、顔を見た時にその穏やかな姿に感銘を受けまた泣けてくる。
亡くなっている事は分かるのに、化粧では誤魔化せないような硬さを感じさせず、何なら血色が良いと感じられるくらいほんのりとピンクで、生前よりも美しく思えるような神秘的な姿だったのだ。今でもその姿は忘れない。
帰りの車の窓を打ちつける大粒の雨。
みんなの気持ちを代弁するかのようだと思った。

まもなく夏の本番がやって来る。
今年もどこかで打ち上げ花火が上がったら、きっと彼女を思い出すだろう。




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