Dito
朝、パートナーを見送るために、玄関までついて行った。
いつも通りにハグをする。
ドアを開けて数歩踏み出したパートナーを、その日私は引き止めた。
ねぇ、今すぐに、緊急で伝えないといけない事を思い出したよ!
私は声に鷹揚を付け、ちょっぴり大袈裟なジェスチャーをしながら、そう言った。
なぁに?
パートナーは怪訝そうに振り返る。
あのね、私はあなたの事が、大好き!
怪訝そうな顔は、一瞬のうちに笑顔に変わった。
そして、私の目の前まで戻ってきて、鞄を床に置き、私の頬を丁寧に両手で包んでこう言った。
Dito!
パートナーは、私の事を強く抱きしめてから鞄をゆっくり取り上げ、もう一度ドアから外に踏み出した。
車が道を曲がって見えなくなるまで見送った。
いつも通りの朝の始まりだ。
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dittoという言葉は、映画ゴーストの中で初めて聞いた。
私はその映画を、映画館で見たのだった。
その事をよく覚えているのは、それが私にとって人生で初めての映画デートだったからだ。
前日からソワソワして落ち着かなくて、当日は早く着き過ぎて、映画館の前で彼を待っていた。
遠くに、足早にやって来る彼を見つけた。
いつもは制服を着ていたので、普段着の彼が新鮮で、ドキドキした。
映画ゴーストは、それから何度もテレビ放送され、私はその度に映画を見た。
甘酸っぱい思い出を振り返りながら。
この映画のキーとなる言葉が、ditto。
デミ・ムーア演じるモリーは、恋人のサム(パトリック・スウェイジ)に、愛してる?と聞くけれど、いつも答えはditto(同じく)。
きちんと言葉で “I love you“ を聞きたいモリーは、いつも少し不満そう。
ここからは映画の内容に触れるので、不快に思われるかたは読み飛ばして頂きたい。
幽霊になったサムは、モリーに対して、自分はここにいる事を伝えたいが、モリーは信じてくれない。
I love youとサムは伝えるけれど、モリーは笑ってこう言う。
サムは、そんな事は言わなかったわ、と。
そこで、サムは一つの言葉を思い出す。
ditto
その言葉を聞いて、モリーはサムが本当に自分の前にいる事を信じるのだ。
dittoの言葉を聞き、涙を流すモリー。
ショートカットのデミ・ムーアが、静かに涙を流すシーンは、何度見ても胸が熱くなる。
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パートナーとお付き合いし始めた頃に、私はその言葉、dittoをパートナーから聞いた。
私は、映画ゴーストを見た事があるかと、つい聞いてしまった。
パートナーはその映画を知っていたけれど、見た事はなかった。
パートナーは、メッセージでもこの言葉を送って来ることがあり、その時にはdittoではなく、ditoと書かれていた。
ドイツ語ではditoと書くのだと、私はその時に初めて知った。
ついでに調べた事によると、dittoはフランス語の外来語で、ラテン語の「言う、意味する」という動詞 "dicere "が語源だそうだ。
イタリア語ではdetto(言った)となり、フランス語ではdittoに変化したようだ。
ドイツでは、1901年まではdittoと書かれていたが、改正により今はditoに変化した。
蛇足になるが、以前、私のnoteのクリエイター名について聞いて下さった方が、イタリア語でDitoは指だと教えて下さった。
noteを定期的に書き始めたのが、2022年6月辺り。
ネームについて聞かれたのは、その数ヶ月後だったと思うが、その時には説明が長くなり過ぎてしまうので、ラテン語から派生した言葉ですと、そう簡単にお伝えしたような気がする。
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たまたま、フリーマーケットでゴーストのDVDを見つけた日、私達は初めて一緒にゴーストを見た。
その映画を初めて見たのは、人生で初めての映画デートだった事は、パートナーには何故か言えなかった。
嘘を付くのではなく、これは言わなくて良いものと判断した。
ただ、その日のことはよく覚えているのと、そう伝えた。
dittoのシーンになった時、パートナーは私を見て、このシーンの事を指していたんだね、と笑った。
その後も、パートナーはこの言葉をメッセージで送ってきたり、この言葉で返答する事がある。
映画の中で、モリーはいつも不満そうだったけれど、私はこの言葉を聞くのは嫌いではなく、むしろ嬉しい。
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あの日の朝、一度開けたドアから玄関に戻り、私に満面の笑顔と共に、ditoという言葉を残して出ていった日。
そして、運転席に座る姿。
その日に私は、noteのクリエイター名をDitoに決めた。
このnoteは、パートナーとの思い出を書き残すための手段。
忘れたくない思い出と言葉。
一緒に旅行した場所。
noteを開けば、思い出と共に、笑顔や温もり、声や音、香り、味わい、五感が当時のまま蘇る。
私は、ここに書いた文章を読むことで、いつでも鮮明に、一つ一つを思い出す事ができる。
一つ一つの思い出は、一冊の本。
そしてここは、思い出の本棚。
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あなたから教わった一つ一つの言葉、行事、料理、街の思い出、旅行、あなたと過ごした何気ない日々を、私はここに書き残します。
そして、私という人間を創り出している、私の中の感情や、大切な友達の事、あなたと知り合う前の心に残る出来事も書き残しました。
このnoteは、私の縮小版と言えるかもしれません。
このような意味を込め、このnoteにDitoと名付けました。
本当は、あなたが私にくれたニックネームを付けたかったけれど、この狭いデュッセルドルフの中では、誰の目に触れるか分からないので、やめておきます。
あなたが、日本語を理解できない事は知っています。
それでも私は、この文章を残します。
私のドイツ語力では到底書ききれない、私の心の細かな部分まで、全て書いておきたいからです。
今日でちょうど、200の記事を書いたようです。
いつか私が、映画ゴーストのサムのように、あなたより先に天国に行ってしまった時には、翻訳機能を使ってこれを読んでくれるかしら。
このnoteは、あなた宛の、長い長いラブレターなのです。
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