ベートーヴェンを毎日聴く110(2020年4月19日)
『ベートーヴェン/合唱幻想曲 op.80』を聴いた。
ベートーヴェンが作った合唱とオーケストラの作品と言えば、真っ先に「第九」のことが思い浮かぶ。
この作品も「合唱幻想曲」という名の通り合唱が入る作品である。
演奏会のプログラムに載る機会は極めて少なく有名ではないのだが、登場するメロディは誰もが良く知る、あの第九の「歓喜の歌」のメロディなのだ。
第九のことをあまり良く知らない方は、この「合唱幻想曲」を聴いて「第九だ」と思うかもしれない。
わたしはミニ「第九」、厳密にはミニ「第九の第4楽章」だと思っている。
でも、第九と大きく異なるのはピアノが入っていることだ。
冒頭ではピアノが幻想曲風に奏でられる。
この部分、初演時にはまだ楽譜が書きあがっていなくて、なんとベートーヴェンが即興で弾いたという。
これは以前、同じようなエピソードが他の曲においてもあった。
それはピアノ協奏曲第3番の初演の時、作曲が間に合わなくて白紙の楽譜を前にベートーヴェンがピアノ・ソロを弾いたというエピソードである。
「合唱幻想曲」の作曲も突貫工事(約半月ほど)で、オーケストラの練習不足もあり初演は大失敗。不出来な演奏を途中で止めたベートーヴェンは「最初からやり直し!」と叫んだという。
ピアノで始まる冒頭からオーケストラが静かに登場。そしてピアノと掛け合いが、混とんとした状態で行われる。
ここは何となくピアノ協奏曲第4番の第2楽章を思い起こさせるもの。そしてホルンのファンファーレが高らかになると、あの「歓喜の歌」のメロディが聞こえ始める。
この「歓喜の歌」。いろいろな楽器で順次引き継がれながら演奏され、だんだん大きくなっていく。まさにここは第九の第4楽章と同じだ。
でも途中、その世界から再びピアノが中心の世界に引き戻される部分になるのは、ピアノ協奏曲のカデンツァのイメージだろうか。
曲の三分の一を過ぎてようやく歌が入ってくる。「歓喜の歌」の旋律をソロが歌い、合唱が受け継ぎ、フィナーレへ。
途中、「歓喜の歌」のメロディ以外にも、行進曲風だったり、合唱を長く伸ばしたり、第九でも現れるような部分が聞き取れるのが面白い。
歌詞は「第九」のシラーとは異なり、この作品のために書かれたというのだが誰が書いたかははっきりしていない。でも、歓喜の歌にも共通するテーマ「愛」「平和」「精神」そして「神」が登場する。
ベートーヴェンはボンにいる時、シラーの「歓喜に寄す」の詩に出会い、感銘を受けた。いずれこの詩を自身の作品に取り込むことは考え続けていたであろう。だから、この作品の詩を依頼する際は、このようなテーマを作者に与えたのかもしれない。
そして「歓喜の歌」のメロディは、この作品で最初に登場したのではない。
この作品の十数年前に、ビュルガーという詩人の詩に音楽を付けた歌曲にこのメロディが入ったのである。
その歌曲のタイトルは、なんと「愛されない男のため息」。愛してくれない女性に対する愚痴。そして、なんとか振り向かせようとする思いが切々と歌われるのだ。
こんなギャップが背景にあると思うと、なおさらこの作品が面白く、興味深く感じるのではないだろうか。
(記:2020年12月15日)
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