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母親にかけられる呪い

この間の穏やかな日曜日だった
リフレッシュを兼ねて自由時間をもらった
昼前から夕方まで何をしててもいい

今週はじめから続いていた子の発熱も
今朝には落ち着いていた
食欲も活気もある

お言葉に甘えて夫に任せて過ごすことにさせてもらう

しかし今朝も今朝とて子のイタズラは止まらない
私の鞄から外出時用の歯ブラシを引っ張り出して
せっせと床を磨いていた
お母さんの歯ブラシは掃除用ではありませんよ

そのことを発端にまた出掛けに喧嘩になった

ちゃんと見ててよ
そんなところに荷物置いたほうが悪い

どっちもどっちと分かってはいる
悪気がないことも頭では分かっている

歯ブラシくらいまた買えばいい
コンビニでもスーパーでも売っている

だけど大人の目があれば防げることだっただろう
運悪くストックも切らしていた自分に腹が立ってくる
大人の手がある上で防げなかったことにイライラした

怒りを抑えながら家を出て
自転車を漕ぐ
家から離れるにつれて冷静さを取り戻していく

意識的に家族のことを忘れようとする
これからまた家事と育児をする
そのための休息だった

帰宅すると子がぐったりとしていた

これはおかしい
誰が見てもそう思う
絶対に何かがおかしい

夫が「39.6℃出たから座薬入れたところ」と言う
だが溶け切る前に半分くらい出てきたらしい 
悠長に明日を待っていていい状態じゃない

今週初めから高熱が上がったり下がったりしていることも含めて休日の応急センターに連絡して受診する
17時締め切りまで制限時間は20分
いける、間に合う

母子手帳ケースに必要なものを全てまとめている
ひっつかんでそのまま鞄に突っ込む
そして応急センターに向かった

応急センターの医師は輪番制だ
今日は小児科担当ではなかった
せめて内科でありますように…

はぁはぁと苦しそうに息をする息子
身体が熱い
抱っこしている私のお腹側に汗が吸収されていく
サウナに入っている時みたいに腹だけに汗をかく

もう少し検査の出来る病院に紹介状書きます
そう言われるまで数分もかからなかった

応急センターの先生の見立ても聞いた
風邪を繰り返している
だけど隠れた病気があるかもしれない
血液検査しないと分からない

「お母さんこれから病気の時は安易に解熱剤使わないで熱を上げ切って経過見ないと発見が遅れるよ」

「休日なんて出来る検査少ないんだから」

嗜めるように医師から告げられた

そんな事は分かってる
高熱の度に免疫力を高めていくことも知ってる
高熱=悪じゃないのも知っている

だけどずっと発熱してたら保育園に行けない
少しでも身体を休めて早く回復してもらいたかった 

病児保育も使えない
夫も急には休めない

分かってるから
頼むから責めるようなこと言わないで欲しい
夫も黙ってないで何か言ってくれ
目で合図するも逸らされる
知らん顔するんじゃない
座薬を勝手に入れたのは夫だろ

何かあれば母親の監督責任みたいになる
ぐるぐるとそんな事を考えた

あぁ仕事も子どもの看病も両立出来ていない

苦しそうな子どもがいても
100%心配することが出来ない現実

100%じゃないとダメな母親と言われそうだった
ダメな母親でいいから発熱の原因を今すぐ教えて欲しかった

血液検査やレントゲンを取れる病院に
紹介状を書いてもらった

不明熱6日目と書かれてある
その足で近くの3次救急指定病院へ行く

時世的に発熱外来に受診することになった
このウィルスは病院の体制を変えたことを身をもって知る

駐車場に着いて待つ
車の運転は夫に任せていた
行く道中も色々話すが何も覚えていない
多方面への影響や心配でぐちゃぐちゃだった

そして指定の病院に着いた
問診票を持って走ってきた年配の看護師は
「お母さーん!」と後部座席の窓を叩く

窓を開けっ放しで運転席に座ってるのも夫
今日の昼間の経過を見ていたのも夫
とゆうか私より断然医療に詳しいのは夫

それでもここでは母親の意見が重視されるのか
言葉を話せない子どもの微妙な変化が分かると期待されているのか

すべて分かることは無い
分からないものは分からない

発熱外来の簡易診察室へ通される
夫が先週から風邪気味で一度高熱が出ていた事を
救急の看護師に伝える

一瞬ザワついた
ちょっとした話合いの末に
子と私を残して夫は車で待機してもらうことになる

長時間かかる検査もある
3次救急は当たり前だが待ち時間も長い
休日なら尚更だ

子どもの採血は痛々しい
大人3人がかりで泣いて暴れる子を押さえつける
駆血帯を巻かれて一気に子どもの顔が強張る
今から何かされることを確実に予期した表情

子からすれば「痛いことをされているのにお母さんはなぜ助けてくれないの?」という感情がある

今後の親子の信頼関係に関わる説があり普段なら親は別室で待機すると聞く

人手がなく私も体幹と足をガッチリとホールドする
看護師には関節を押さえつけられる子

先生が子どもの短い腕の細く柔らかい血管に翼状針を刺す
全然取れない
血管を掘り起こすようにして針を上下に微妙に調節する

針を左右にも探りその痛みで叫ぶように泣く
少しずつ繋がれている試験管の様な筒に血が溜まっていく

涙と涎でグチャグチャになった頃にやっと検査に必要量の血が取れた

この勢いで鼻に検査棒を2本入れて粘膜を拭われる
RSウイルスとコロナの簡易検査だ
ものすごく奥まで突っ込まれてまた暴れる

大人でも嫌だ
グリグリ採血されて鼻には2本も綿棒突っ込まれるなんて、必要な検査と分かっていても絶対辛い

頑張った子どもを抱きしめながら結果を待つ
早くても1時間くらいかかるからと言い残し
看護師と先生は感染症以外のエリアに戻っていった
時々様子を見にきてくれる看護師がいた

子は医療用ガウンを着た人を見るだけで怖がっていた
小さな手で強く服をつかんでくる
カブトムシみたいにくっついて離れない

これはもしかしたら帰宅は深夜になることも辞さない構えで明日からの仕事を休む連絡を上司に入れた

気が気じゃないのは夫婦どちらも同じ
もしかしたら入院になるかもしれない
入院に付き添いが必要なら協力しあわなければ乗り切れない

あらゆる可能性が頭の中を駆け巡った
しんどい
心配と疲労で思考力も途切れそうになる

職場の上司に現状を伝えることで頭の中が整理されていく、責められることなく休みが取れた
本当にありがたい
戻る場所があるのがありがたい
社会に居場所があることがこんなにも支えになるなんて


そうして待っている間に
救急車のサイレンが近付いてくる
ここに来る救急車だろう

近づくとサイレンが切られて
車が入ってきた音がする
エンジンが止まる音がした
ガチャガチャとストレッチャーを降すと同時に運ばれている気配を感じる

途端に慌ただしくなる出入り口
この発熱外来のついたての向こう側に蘇生を必要とする人がいる

1.2.3!
倒れた時の状況の経過を伝える隊員と引き継ぐ看護師
その声だけで緊張感が伝わってくる
その場にいる人たちが役割を見つけて動き出していた
緊急度が高い人が運ばれてきたのだろう

モニターの音が聞こえてくる
以前介護施設で聞いていた機械音
見取りをしていたあの日が重なる
終末期に何度も聞いたあの電子音
警告を知らせるアラームが鳴り続けている


そしてしばらくすると
全ての音が消えた
力無くカーテンが締め切られていく静かな音が大きく響く気がした

関係ないけれどなんとなく気が重くなる

それから30分くらい経ってから
小児科の先生が検査結果を持って帰ってきた
今日は自宅に戻って観察することになった

熱性痙攣や急変したら救急車呼んでねと言われて
さっきのアラーム音を思い出して嫌な想像をしてしまう

数日後に外来で予約を取った
以前飲んでいたものとは違う種類の抗菌薬を処方される
強めの抗菌薬だから下痢覚悟でねと言われる

今度のは効いてくれよと願う


会計のために受付に行く
ここでやっとコロナ疑惑が晴れた夫と合流した

抱っこを代わってもらう
前側だけびちゃびちゃに濡れていた
じっとりと嫌な汗をかいた

そこからもひたすら待つ
意外と人が少ない
混んでいない日だったのかもしれない

受付で薬が出来上がるのを待つ
そして全ての準備を終えた

救急の看護師がちょうど通りかかって
「帰れてよかったね」と子どもに優しく話しかける
その表情に疲れと陰りがあった

もしかしたらさっきの救急車の人が命を落とす時に立ち会った看護師なのかもしれない
そうだとしたらどうか気に病まないで欲しい

この子はあなたが一助を担って帰ることが出来ることは事実だと言ってあげたい

子は看護師に無邪気にニッっと一瞬だけ笑ってくれた

帰りの出入り口で「さっき救急車で運ばれたんですけど…」と言う人がいた

さっきの人の家族だ
その人と入れ替わるようにすれ違う

あの人は帰れない
ぎゅっと胸が締め付けられて帰路についた
どっぷりと日が暮れていた

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無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。