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【書籍要約】イノベーターのジレンマの経済学的解明

「大企業は既存ビジネスばかりに目をやり、いずれ新興企業に殺される」でおなじみのイノベーションのジレンマ(本書及びこのnoteでは原文に即して"イノベーター"のジレンマと称す)をデータを使って経済学的に検証し、改善について提言している書籍の要約です。


こんにちは、がぱけん(@gapaken335)です。
このアカウントは私が仕事や書籍、日々の気づきを通して考察したものを共有するものです。少しでもみなさまのインプットや気づきになると嬉しく思います。

それでは早速本題に入りましょう。


どんな書籍なの?

1997年に発刊された、「イノベーターのジレンマ」についての返歌のような位置づけです。

イエール大学の准教授である伊神満氏が、イノベーターのジレンマについて「"経営学"的には正しいが、"経済学"的には、理論も実証もゆるゆる」と指摘し、経済学の視点からデータドリブンに検証を行っています。

イノベーターのジレンマについて、その実証手法、実証結果、そしてその解決方法の考察までを、ラフで軽妙、それでいてしっかりと語られています

やや難しくなりがちなテーマなのに整理されていて抜群に読みやすい良書です。

また、内容に関しては、著者の博士論文がベースで、イェール大学の経済学部で開講している授業でもあり、かなり本格的なものになっています。

本記事では分析パートは割愛しますが、過去データや推論を駆使して結論を導き出す道のりは謎解きのようで面白く、一読の価値があります。


そもそもイノベーターのジレンマとは。

本書を解説するにあたり、重要な前提知識は「イノベーターのジレンマとは何か?」です。

イノベーターのジレンマは、1997年にベストセラー書になった書籍であり、その実はクリステンセン氏の博士論文がベースとなっています。

当時世代交代の真っ只中にあった、HDD業界を舞台に、旧世代の勝ち組企業が抱える組織・心理的な問題を指摘した書籍です。

クリステンセン氏が指摘する内容はざっくり言うと、「短期利益を追求すると、既存の大口顧客の求める製品(≒既存製品の粋を出ない)に執心しがちで、新しい技術革新の開発が後手に回ってしまい、しがらみの無い新興企業に負ける」と言うようなものです。

ただし、この結論を導き出すために、クリステンセン氏は基本的に、業界紙や経営者インタビューと言った定性的な手法を用いており、定量的な分析による実証が不足していると著者は指摘します。

本書では、経済学の理論と、定量的な分析を行うことによって「なぜそんなことになったのか」を解き明かしています


イノベーションを阻害する三つの経済学的効果の仮説。

ここからは著者である伊神満氏の主張です。

著者は経済学的な以下の三つの視点から、このイノベーターのジレンマの要素を分解し、既存企業と新興企業それぞれの立場でそれぞれの強度を検証しています。

①共食い効果
②抜け駆け
③能力格差

それぞれ一つづつ解説していきましょう。

①共食い効果

いわゆる"カニバリ"ですね。新しい自社製品の投入で、既存の自社製品の需要を奪ってしまうことを指します。

まず、既存企業の場合を考えます。
既存製品と同じ市場に新製品を投入すると、既存製品のシェアを少なからず奪う形となり、新規開発のインセンティブが薄れます。
簡単に言うと、「もう儲かってるのに、わざわざ同じところに新製品出す意味薄いよね」というイメージでしょうか。

そのような場合、得てして企業のリソースを"効率化"に使いがちです。
自らの市場を食い荒らす新製品を出すよりも、現行製品の生産コストの減少の方が儲かるからです。
一般的にこういった製品ではなく、仕組みなどを改善することを「プロセスイノベーション」と呼びます。

反対に、新興企業の場合を考えます。
新興企業の場合、その時点でのシェアは0%ですから、共食いする要素はなく、新しい製品で取れたものは全て売上として純増します。
「新しい市場って丸儲けじゃん。ガンガン行こうぜ!」というイメージです。イケイケですね。

もちろん、リソースの投入の仕方もプロダクト一点突破のことが多いです。
まずシェアを取れるものを作らないと効率化も何も無いですから。
こういった、商品や、サービスそのものに関するイノベーションをプロダクトイノベーションと呼びます。


②抜け駆け効果

「抜け駆け独占による利益はとてつもなく大きい」と言うお話です。市場をライバル企業がほぼいない独占状態にすることができれば、価格面でも、数量面でも優位に立てるので、他社を排除して、先行的に新技術を独占(抜け駆け)するはずと言う理論です。そして重要なポイントは、このインセンティブもまた、既存企業と、新興企業で大きく異なる点です。

既存企業の場合、現状のシェアが十分で独占状態の場合、新規の競合参入は驚異であり、"どんな手を使ってでも排除するべき"と言うインセンティブに駆られます。
なぜなら、競合参入による競争の勃発は、ものの販売数量だけでなく、価格競争による販売価格の下落も同時に引き起こすからです。

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例えば100円×100万個の製品の市場を考えた時、価格競争を-30円、シェア減少を30%とすると以下のようになります。

既存企業の売上増減 = (100×100万個) - (70円×70万個) = −4.9億円

競合参入が多大な損失をもたらすのであれば、既存の大企業は"新技術は常にウォッチしておき、場合によっては即座に買収する"と言うような抜け駆け戦略が成り立ちます。

そして、このような戦略は実際にSNS業界などで取られています。
FaceBookが早期にInstagramを買収して抱き込んだのもその一つです。SNS業界ではユーザーの数がそのまま資産となるので、競合として戦ってお互いにすり減らす前に、敵を無くし味方につけたのです。

FaceBookは、競合したときに失うものが大きい分、つぎ込める金額(≒阻止するインセンティブ)も大きかったと解釈できます。

反対に新興企業に関して、同様のことが起きた時のことを考えてみましょう。価格差と数量両側面からダメージを負う既存企業に対して、新興企業は低下した価格×数量分の売上しか見込めません。

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さきほどの式でこちらも増減額を見てみましょう。

新興企業の売上増減 = (100円×0個) + (70円×30万個) = +2.1億円

さきほどの既存企業のケースに比べて、増減幅が狭いことがわかります。

これを見ると、如何に独占状態の既存企業にとって、他社の参入を許すことのダメージが大きいかが理解できると思います。

このように新興企業に比べて既存企業の方が、新興企業の参入を防ぐために大きくお金を使えるインセンティブが存在するのです。

ちなみに、このような価格競争は「どっちの製品を買っても(使っても)おんなじ」と言う同質材の場合に強く起こりやすい現象であるため、業種によってここのセクションの強さは変化することを覚えておいてください。

HDDは、同質材に近い代替材なので、この効果が大きくでます。


③能力格差

では、実際の「イノベーションを実現する能力」は既存企業と新興企業で本当に違うのでしょうか?これに関しては、単純に構造上の理論で図ることは難しく、実際の数字で測定しないと難しいと著者は述べています。そして、その分析結果は以下の通りでした。

既存企業の方が新興企業よりもイノベーションを起こす能力は高い

まあそうだよな、と言うような気もしなくも無いですが、イノベーターのジレンマでは既存企業をスカタンに叩きがちなので、この結論は興味深いといえば 興味深いですね。

補足として、どのように分析したかを簡単に記します。

HDD業界の過去データを用いて、①既存企業(イノベーション前)②既存企業(イノベーション後)③新興企業それぞれの時系列の断面における利益を試算しています。

つまり「どう考えても新型HDDを開発した方が儲かる局面なのに、開発していないのは能力が足りないから」と言う観点で整理し、それぞれの能力を定量化したわけです。

この分析手法は、実際の技術力そのものを表すことは難しいかもしれませんが、十分相関する値を算出できる納得感のあるものだと私は思います。


本書の結論をまとめよう。

さて、三つの要因があり、それぞれの関係性が見えてきました。
今回の議論の基本的な構造は「既存企業 vs 新興企業」なので、それぞれどのような状況にいるのかを整理してみましょう。

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これらの状況を見ると、それぞれの要因でチグハグになっていることがわかります。既存企業は、抜け駆けのインセンティブは大きいし、能力もあるが、共食いを気にしていまいちやる気になれない
新興企業は、共食い問題が無いが、抜け駆けのインセンティブは既存企業ほどでは無いし、能力も相対的に低い

このような構造と、既存企業は新興企業に出し抜かれがちと言うクリステンセン氏の主張と照らし合わせると、一つの解釈が生まれます。

「共食いこそがイノベーションを阻害する最も大きな要因である」

能力もあって、独占に近い状態を築ければ得だとしても、共食いを許容しなければイノベーションは起こせないのです。

ではどうすれば良いのか? 〜企業の立場編〜

「共食いが真犯人」と言うことがわかったところで打ち手を考えなければいけません。「よし、共食いを容認して新しいことをガンガンやろう!」と言うのは簡単ですが、既存企業にとってのしがらみは非常に深く、簡単には行きません

著者は以下のようなしがらみにより、原理的に相当厳しいと述べています。

①巨大な会社組織の中に新部門を立てるのが難しいこと
②新部門を買ってくることも失敗の方が多いこと
③旧部門を切ることも相当大変であること
④自己を切ってイノベーションを促進するのが株主利益の最大化にならない可能性も十分あること

踏んだり蹴ったりの内容ですが、①-③までは、大企業の宿命として十分想像できる範囲なので割愛します。

ここで、抜き出して伝えるべきは④かと思います。

例えば、「株主の利益の最大化とは何か?」と言う問いがあったとして、「イノベーションを起こし、事業を延命させること」という回答は正しいのでしょうか。

これは一見正解のように思えますが、それは一概に正しいとは言えません。

株主にとっては、割りに合わないイノベーションに躍起になってコストと労力をかけて、既存事業を早期に潰すよりも、惰性で稼げるところまで稼いで、いいタイミングで事業を畳むことの方が良い場合も存在するのです。

お金に色はついていません。イノベーションで稼ごうが、惰性で稼ごうが、1ドルは1ドルなのです。


ではどうすれば良いのか? 〜政府の立場編〜

企業単体でなんとかするのは少々難しいと言う話で前段は畳みました。そうであるならば、政府の介入なども考えるべきでしょう。

本書では、イノベーションの肝を知的財産と捉え、実際に当時HDD界隈で主張がおきた、特許の事後承認(ロダイム社が業界標準を後から自分の特許として主張、結果不起訴)と、逆に早期開発のインセンティブとして知的財産権の報酬を事前告知する知財政策をシミュレーションしています。

ポイントは、ここで目指すべきは生産者余剰(企業の利益、売上が高くコストが低いと嬉しい)だけでなく、消費者余剰(消費者の利益、良いものを安く買えると嬉しい)の総和の最大化と言うことです。

分析の詳細は省きますが、結論として、政府の介入などは特に行わず、実際におきたHDDの顛末が最も利益の総和が大きいと言う結果でした。

つまり、ことHDD業界に関しては、"なるようになった結果"が最善らしいと言う結論です。

イノベーターのジレンマによる既存企業の衰退なども含め、社会としては新陳代謝としてうまく回っていたと言うのはなんだか感慨深いですね。

また、これは本書の内容ではなく、個人的な見解ですが、そうであるならば、イノベーションを促進する政策よりも、企業の新陳代謝をスムーズにする政策の方が全体最適には適しているのかもしれません。

企業の衰退や倒産を健全な姿と捉え、雇用の流動化やセーフティネットに予算を割く方が成長できるかもしれませんね。


結びとして。

この本に関しても非常に個人的な学びが深い本でした。

実際の業務として活用できる「イノベーターのジレンマはなぜ起こるか?」と言う本編自体もそうですが、そこに至るまでの過程や考え方が記されていて、レポートとして非常に興味深かったです。何かをリサーチ・分析するときの参考にしたいと思います。

今回も本書の中で最も好きな一文をここに記しておきます。筆者が分析のロードマップを示すときに使っていた言葉です。


本当に欲しいものをわかっていない奴は、欲しいものを手に入れられない。


読んでいただきありがとうございました。
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関連書籍

今回ご紹介した書籍はこちらです。
今回割愛した分析パートも熱いのでぜひ読んでみてください!





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