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道徳の読み物「おばあちゃんのキャラ弁」(中学校:家族愛) 創作教材

  • 対象学年:中学校(1・2年)

  • 内容項目:家族愛、家庭生活の充実 (14)父母、祖父母を敬愛し、家族の一員としての自覚をもって充実した家庭生活を築くこと。

  • 教材の種類:創作


おばあちゃんのキャラ弁

 私がまだ小学2年生のころに、お母さんは亡くなりました。
 だから私はお母さんの顔をあまりよく覚えていません。私のおばあちゃんは、お母さんのことを「よく気がつく、優しい子だった」と言います。お父さんは、「いつもおいしいご飯をつくってくれた」と言います。
 私の小学校では月に一度、「お弁当の日」という、子どもたちがお弁当を持ってくる日がありました。お弁当の日は給食がないので、みんな、お母さんが作ってくれたお弁当を持ってくるのです。
 私は、お弁当の日が、とてもきらいでした。

 そんなお弁当の日が三日後にせまったある日、私はお父さんに頼みました。
「お父さん。私も○○のお弁当が食べたい」
 私がそう言うと、お父さんは、ものすごく困った顔をしました。○○とは、私たちのクラスではやっていたアニメのキャラクターの名前です。
 少し前から、お弁当の日に、すてきなお弁当を持ってくる子が増えてきました。でんぶやハムをじょうずに使って、ごはんの上に、マンガやアニメのキャラクターの顔を描いたお弁当です。「キャラ弁」と言うのだそうです。みんな、「キャラ弁」がうらやましいものだから、お母さんにお願いして、すぐにみんなが「キャラ弁」を持ってくるようになりました。でも、私にはお母さんがいません。だから私は、お弁当の時間になると、買ってきたお弁当を急いで食べて、あとはお弁当の時間が終わるまで、ずっと下を向いていたのです。
 こんなことをお父さんに頼むのは無茶だというのはわかっていました。お父さんは、ふつうのお弁当すら作ることができないのです。

 次のお弁当の日の朝早く、お父さんは勤めに出る時間よりずいぶん早く家を出てゆきました。戻ってきた時には、ふくさに包まれた弁当を持っていました。お父さんはひたいの汗をふきながら、うれしそうにお弁当を私に持たせてくれました。
「おばあちゃんに作ってもらったよ。今日のお弁当は、これを持って行きなさい」
と、お父さんは私に言いました。

 学校に向かう私の足は、なかなか進みませんでした。ランドセルにはおばあちゃんの作ってくれたお弁当が入っています。お弁当をみんなの前で広げるのがいやでした。おばあちゃんの家に行ったときにごちそうになるおばあちゃんの料理は、味はともかく、とにかく見た目が地味だったのです。茶色いおかずがたくさん入ったお弁当を、みんなに見られるのがはずかしくてたまりませんでした。おばあちゃんが妙に気をきかせて、ぜんぜんにていない○○を作っていたらどうしよう。友達に見られたらきっとばかにされるだろうな。そんなことばかりを思いながら通学路を歩きました。
 お昼の時間がやってきて、いよいよお弁当を開ける時になりました。目をつぶり、「どうか普通のお弁当でありますように」と願いながら、私はふたを開けました。
「わあ、見ろよ。赤坂の弁当、なんだよこれ。おばけじゃないか」
 男子の声が教室中にひびき渡りました。私はすでに泣きそうでした。とっさにお弁当のふたで、みんなの目からお弁当をかくしました。さっきの男子がおもしろがって、私のお弁当をのぞき込もうとしています。私はほほを真っ赤にしていました。はずかしくてたまらないのです。教室のみんなが私のお弁当を見ている気がします。
 少しでもはやくお弁当を閉じてしまいたくて、私はがむしゃらにはしを動かしました。
 男子が自分のきれいなキャラ弁を見せてきました。友達のからかいの声の中、私は黄色いたまごやきをはしで突き刺し、それをかみました。

 そのたまごやきは、お母さんのたまごやきと同じ味がしました。

 私は黙り込みました。何度もかみました。確かにこの味でした。お母さんが作ってくれたたまごやきは、こんなふうに甘くて、ふんわりと柔らかかったのです。
「こんなの○○じゃないよ。にせものだ」
 男子がそう言ったとき、私は顔を上げて、声を上げていました。
「これはおばあちゃんが私のために作ってくれたお弁当だ。ばかにするな」
 急にシンとなった教室で、私はお弁当をきれいに平らげました。ごはんの一つぶだって残したくありませんでした。さっきの男子が自分の弁当を食べながら、チラチラと何度も私を見ていました。

「おばあちゃんありがとう。お弁当、おいしかった」
 おばあちゃんの家に行って、洗ったお弁当箱を渡しながら、私はそう言いました。
 おばあちゃんは、軽くなった弁当箱を受け取ると、ほんとうにうれしそうに、私の頭を何度もやさしくなでてくれました。


※涌井の創作教材です。著作権は放棄しませんが、もし授業でご使用いただく場合はご連絡等は不要です。


「家族愛、家庭生活の充実」についての「考えてみよう」はこちら


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