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小説

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#詩

檸檬

「つまんないね」
私の仕事は商品の陳列を微妙にずらすことである。丁寧に並べられ積み上げられた商品を少しずつずらし、崩壊する寸前のところで手を止める。そして平然と立ち去る。私が店を出る頃に、誰かの体が触れてそれは崩れてしまう。
店員は不快な顔を隠してそれを並べ直す。崩した客は不運そうな顔をして居るだろう。「私の所為ではない、その運命と均衡が悪いのだ。」という風な面構えをしていやがる。そこに流れる瞬間

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濃霧から

夜中の三時という時間には何か「意味」と呼ばれるべきものがある筈だ。私は徐に辞書をひらいた。「夜中」の項を見つける。人差し指でそこからゆっくりとひだりに文字を辿る。「夜中の三時」という項がないことに唖然とする。
先程鳴った鐘の音がまだ脳裏にこびりついていて、それは「こびりつく」という語感の割りに心地良い。布団の中から携帯を手取ると、私は路線情報をひらいた。運行情報を見ると、そこにはいつも乗る電車が載

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宙飛ぶテキスト

テキストが宙に浮いている。

紙に印刷された言葉が、装丁を伴って本になると、本そのものが一つの筋として、言葉を先導したりする。行間や字体や空白の取り方、紙の質感、重さ、表紙の手触り。それらすべてが文章を後押しするようにそこにある。それに比べてネットにある文章というのは野ざらしだ。大きさは定まらず、空白にはランダムに広告が瞬いたりする。1ページ目の後に2ページ目が来たり、74ページ目の後に75ページ

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世界の終わり

私は大学を無事に卒業して社会人一年目というやつだ。卒業しないことがそんなに無事じゃないことなのか。そりゃ親からしたら100万円とか払うわけだから、ワイキキにもオーロラ見にも行けなくなるわけで大変なんだろうけど、それも無事じゃないってほどのことじゃない。死んじゃったり、心に傷を負ったりしないのだ。まあそんなことはどうでもいい。私が無事に生きて社会人一年目に突入した事には変わりないのだ。社会人っていう

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探偵の思惑

彼はある事件に遭遇していた。
彼は孤独な瞑想の内にその事件の解決を試みるだろう。そしてそれは解決されることを予感している。
事件が起こり、その謎を推進力に物語は進む。語られたすべての複線が一つの点に纏まることで美しい完結が起こる。彼の物語(生命活動とルビを振っても良いだろう。)はそういう仕方でしか動かない。何かの謎を解き明かそうとする、物語が物語故に持つしつこいまでに物語的な性格によってしか、彼の

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ベッドタウンブルース

 白壁に薄ら赤い屋根を置いた荘が整然と居る。やけに広い庭には一本の樹が立ち、夕刻の頃になると黒い鳥影がキーキーと騒がしい。

 隣は回収されたアルミ屑の溜りになっている。トラックが出入りしてアルミを野曝しにする。小さい重機がそれを積み上げる。曝すとは太陽の暴力だ。

 浮浪者の金と、はしたがねに変わる金属。鳥影は一円を笑う。

 あの荘には人が住んでいるようだが、まるで生活感が無い。子どもが組んだ

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