ベッドタウンブルース

 白壁に薄ら赤い屋根を置いた荘が整然と居る。やけに広い庭には一本の樹が立ち、夕刻の頃になると黒い鳥影がキーキーと騒がしい。

 隣は回収されたアルミ屑の溜りになっている。トラックが出入りしてアルミを野曝しにする。小さい重機がそれを積み上げる。曝すとは太陽の暴力だ。

 浮浪者の金と、はしたがねに変わる金属。鳥影は一円を笑う。

 あの荘には人が住んでいるようだが、まるで生活感が無い。子どもが組んだブロックのように不自然な整然さで建っている。窓の灯りに映る人の立影は影絵のようである。人影などなかったのであるが。

 近くには小さな水路が汚れた水を流していて、それは川と名付けられてはいるもののまるで気配が無い。一度錦鯉を見た事がある。くすんだ水の向こうに悲しい色が見えたのだ。

 川は二手に別れ、片手には桜並木が続く。その暗い影にトキ14を見た。あれは嘘くさかった。錦鯉を食べに来たのだ。逆手は光に曝されてやはり汚い。夕刻の頃になると、蝙蝠が中空にたかってくる。どこからが空なのかわからない。

 川沿いには倉庫がならんでいる。工場がならんでいる。わからない言語を発する人たちが歩いている。溜りはどこにあるのだろう。

 二手に分かれる地点には橋が架かっている。それは表面的にはアスファルトの道でしかなく、川の上を渡っている事以外には橋である証明はない。

 橋から奥へと延びる川を見ると、その両隣の倉庫が堂々と立ち上がる。川は奥の消失点へと線を延ばし、建築は天上へとその線を志向する。二つは立体的な均衡を示し、その真上に白い満月が浮いている。建築の放つ光と月の光とが水面に揺れている。それは美しいはずである。

 流れることのできないままに、光が水の上をふるえている。

 川は大きい川に飲まれ、やがて湾へと向かう。しかし道は隔てられている。大きな川までの間には屹度巨大な水溜りがあるのだ。

 水槽に浮いて水流に流されるままの金魚は色が薄れていく。硬直した体は大体右か左に反っていて、それは最後に泳ごうとした痕なのだろうか。固くなった金魚は植木鉢に埋めていた。その鉢には何も植わっておらず、雑草の根ばかりが犇いている。白く腐っていく金魚はその白い根に囲われていただろう。花を咲く事なく根ばかりが育っていく。

 水路の横には桜が均等に並んでいる。その並木の根本には幾匹かの動物が埋まっている。鉢に埋められなかったのだ。春になるとアスファルトの石には桜の花びらがこびりつく。川を流れていく花びらも白い斑のように汚く端に溜まっていく。満開を過ぎて赤黒い肌を曝した醜い桜ばかりが思い出される。

 桜の土の上に植木鉢が並べられている所がある。植木鉢の持ち主は向かいの建物の管理人である。くすんだ桃色の制服を着て作業をしている。どうやら白内障を患っているらしい。

 土の上に並べられた植木鉢の上には遠くの国の植物が植わっている。それは棺ではない。

 その建物に隣接された公園には遊具はなく、広場と言うほどの広さもない。ベンチが置かれているがその下に猫が潜るくらいだ。何故か雪の記憶しか無い。

 建物から出てきた子どもは隣の倉庫に向かってボールを投げつける。跳ね返ってきたボールをまた投げつける。石で壁を削る子どももいる。車によって遊びは幾度と無く中断される。

 川で遊ぶ子どもはいない。深く汚く流されていくものでしかないからだ。小便を垂らす気すら湧かない。川沿いの看板には生物が描かれている。翡翠やゲンゴロウがその中に取り残されている。

 アスファルトは桜並木の根によって隆起しており、子どもが傘を逆さにして雨を溜めている。躓くと雨水の溜りは水路へと落ちていく。

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