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健屋さんと防災グッズを考える

はじめに

実際のところ、人間のもつ地上のあらゆる財産が滅び去り、自然自体がいまにも瓦礫と化してしまおうとするこのおぞましい瞬間のさなかに、人間の精神そのものが、あたかも美しい花のように開花しようとしているように思われたのである。

Heinrich von Kleist作、山口 裕之 訳(2024年)『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』(岩波書店)p. 181(太字は反証納言による。)

これは、ドイツの作家クライストの小説『チリの地震』(Das Erdbeben in Chili)の一節です。地震で壊滅的な被害を受けた人々が互いに助け合う様子についての言及でした。ここだけ見ると美談のように思われるかもしれませんが、この小説で主に描かれているのは、地震によって崩壊する街の様子や、暴徒化する人々、そして暴徒により悲劇的な運命を辿る登場人物たちです。このように、地震はその揺れや津波を生き延びたら終わり、というわけではなく、その後も復興までの長い間、過酷な環境の中で、人々の混沌の中で生き延びなければなりません。そのためには、日頃からの備えが肝要となってきます。

このnoteでは、にじさんじに所属するバーチャルライバーである、健屋 花那(すこや かな)さんの活動に関するあれこれを紹介しています。今回は、防災に関するお話です。


【雑談】みんなと防災用グッズをそろえたい【健屋花那/にじさんじ】

(配信日:2024年8月9日)

2024年8月8日午後4時43分ごろ、宮崎県日南(にちなん)震度6弱の揺れを観測した地震が発生。これを受けて、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表しました。これは、南海トラフ地震が想定される範囲内で大きな地震が発生する可能性が高まっているとするもの。「向こう1週間はいつでも避難できるよう準備しておいてね」という呼びかけがなされました。

地震が発生してから次の日、健屋さんはさっそく防災に関して何が必要か確認する配信を行いました。それが上に挙げた配信です。サムネイルのヘルメットをしている健屋さんがかわいいですね。

チェックリストを確認し、オンラインストアなども参照しつつ必要なものを揃えていく配信です。複数の商品とも比較し、チャット欄とも意見を交換しながら、慎重に吟味して揃えているため、健屋さんと一緒に、防災グッズをゆっくり考えることができる配信になっています。

健屋さんの場合、女性であり、ペットを飼っています。同じような条件に当てはまる方は特に参考になる配信なのではないかと思われます。

配信で使用されているチェックリストはこちらから。情報源は首相官邸です。子ども高齢者がいる場合などの備えについても確認することができるようになっています。

災害時は、悪質な虚偽の内容を含む様々な情報が飛び交います。したがって、健屋さんが利用した首相官邸や、NHKなど公共性の高い情報源、あるいは防災気象情報を提供している「特務機関NERV」などといった信頼性の高い情報源を利用するとよいでしょう。

配信後のツイートです。使ったツールなどを共有してくれてありがたいですね。健屋さんがこの時に用意したチョコ羊羹を食べる配信が観られるよう、心から祈るばかり……。

2024年8月15日、地震に関する注意の呼びかけは解除されましたが、南海トラフ地震に関する危機は常に私たちと隣り合わせの状態にあります。注意の呼びかけが解除されたのと同日ごろに関東地方へ接近した台風7号は、千葉県に甚大な被害をもたらした2019年9月の令和元年房総半島台風を上回る暴風が警戒されたなど、いつ起こるか分からない災害への対策が問われる場面は少なくありません。大きな災害時は避難所が開設されますが、支給される毛布や水、食料は限られており、周囲の避難者と共に、狭い空間の中で過ごすことになります。避難生活を少しでも快適に、安心して過ごせるようにするためにも、常に備蓄などの備えは万全にしておきたいですね。

おまけ:ハインリヒ・フォン・クライスト『チリの地震』

このnoteの冒頭で触れた小説『チリの地震』について少しだけ紹介します。

本作を書いたハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)はドイツの作家で、前回に紹介したグリム兄弟と同じ時期を生きました。前回のnoteでも、ドイツがフランスに占領され、苦境にあり、国民意識の高まりを目指す人々が現れたお話をしましたが、クライストもこの時代を生き、戯曲『ヘルマンの戦い』などのように住民が武器を手に取り戦うパルチザンを題材としたお話や、ナショナリズムの要素を含む作品を生み出します。しかし結局、クライストの仕事はそれほど成功せず、さらに様々な苦境が重なって、1811年に友人の女性と共に銃で自ら命を絶ちました。

『チリの地震』は、クライストの死の数年前にあたる1807年に新聞にて掲載され、1810年に書籍として出版された小説です。1647年にチリのサンティアゴで起きた地震を題材としていて、内容としては冒頭にて紹介したとおり、地震で混乱する社会の中で登場人物たちが迎える悲劇的な運命が描かれています。子どもが投げ飛ばされて殺害されるなど、なかなか描写はハードです。

 1755年にポルトガルのリスボンで起きた大地震を受けて、イマヌエル・カントら哲学者たちが「良い人も悪い人も同じように滅ぼす災害をなぜ神が許すのか、神が創造したこの世界で悪や不正がなぜ存在しうるのか」といった議論を続けてきたのですが、『チリの地震』はそうした流れにおける思想的な影響が現れているともいわれます(山口 訳(2024)p. 309)。

また、本作の特徴としては「短いけど読みづらい」という点が挙げられます。クライストは一文の中でコンマを乱発し、文と文を繋げることを頻繁にする作家です。そのため、一文がなかなか長くなりがちで、本作も例にもれずといった感じ。そのため、ページ数としては短いテクストですが、文のひとつひとつがなかなかの密度を誇ります。このnoteで引用した文も、長文と思われたかもしれませんが、実はたったの一文なのです。

おわりに

さて、健屋さんの配信から防災グッズを揃える配信を、そしてクライストの小説『チリの地震』を紹介してきました。災害時は、物資や人を届ける人、避難所を運営する人、インフラの復旧のために作業をする人、情報を発信する人、そして、生命の危機に瀕する人々を救うべく尽力する人など、夥しい職種の、数多くの人々が動いています。健屋さんのようにエンターテインメントに従事する人の存在も、被災者や、被災者のことを思って心細い思いをしている人々の心の支えになります。災害時にそれぞれのポジションを担う人たちへの敬意は、常に失ってはならないと感じます。

そして、災害が起きる前から、来たるべき災害に備えて我々にできることがあります。それが、自分の身を守ることです。極限の環境では、自分の生命を守ることは、すなわち自分という1人の命を救うことに相当します。健屋さんは、自らの配信を通して、そのを示したといえるでしょう。私たちも、備えを万全の状態に近づけることによって、災害時のリスクを少しでも小さくしたいものです。

これまでは社会の中でほとんど注目されてこなかった人たちが、ローマ人のような英雄の偉大さを示したことである。

Heinrich von Kleist作、山口 裕之 訳(2024年)『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』(岩波書店)p. 181

参考・引用文献

Heinrich von Kleist作、山口 裕之 訳(2024年)『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』(岩波書店)

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