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何度でも読み返したいnote3

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何度でも読み返したいnoteの備忘録です。こちらの3も記事が100本集まったので、4を作りました。
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2022年9月の記事一覧

これは小説、ということにしておいてください。

目が覚めたとき、視線の先には彼の背中があった。窓から覗く薄闇に目を凝らし、無音の空間に耳をそばだてる。微かな空気の音とともに上下するそれに安堵しつつ、さらに何かを確かめるように手を伸ばす。 いつもは私と張り合えるくらい細いくせに、こうして触れてみるとやっぱり私より筋肉質で、広くて逞しい。そして私のとは全く違う肉感をもつ腕と、分厚く浮き上がった肩甲骨。自分にないものを求めるからこそ性差が存在するのかもしれない、とふと思う。そのまま腕をまわし頬をつけ、きちんと穏やかな鼓動に耳を

「とりあえずビール」が楽園の入り口と思いもしなかった

一杯目は絶対であってほしい 酒飲みの人生は選択の連続である。 飲みすぎると決断は曖昧になってしまうけど、酒場での一杯目は最難関の選択である。 仕事を終えて、家で飲むか、外で飲むか。 まっすぐ最寄駅へ向かうか、途中下車するか。 行ったことのない店にチャレンジして新規開拓するか、お気に入りのあの店に行くか。 あの店は空いているか、混んでいるか。 ビールか、酎ハイか、スパークリングワインか、日本酒か。 お通しはなにか、日替わりメニューはなにか、おつまみ一品目はなににするか。 あ

「ほんとうに美味しいビール」がいつでも飲める喜びを知った

ビールは美味しい。どこでもいつでも、美味しい。 赤瀬川原平はビールの美味しさを100とすると、「80ぐらいまでがシチュエーションの力だと思う」として、残りの20を「ビール本体の固有の味にかかわる問題では」と書いている。これがウイスキーになると内容が逆になる。80が味にかかわり、20が氷や雰囲気といった力になるわけだ。ただ、ビールがその80をシチュエーションに委ねられるということは、僕はそれが「そもそも美味しい」というベースがあってこその話なんだろう、と受け取った。 こと居

そのラーメンにご執心

熱しやすいタイプだ。 熱しやすく冷めやすいタイプなんてよく言うが私は冷めるのは結構遅い。気に入ったことがあればあんかけうどんのようにいつまでも熱を保っている。 --- 数ヶ月前、お気に入りの飲食店を見つけた。そこは中華料理のお店で、夫に「死ぬまで同じ店でしか食べられなかったらどこの店で食べたいか」という、全くもってナンセンスな質問をされた時に私はその店と答えた。 その店は、ご存じ「餃子の王将」である。 食は万里を越えるというあの餃子の王将。 最近、餃子の王将が好きす

「両家の顔合わせ」は部活の思い出ざんまい

ちょうど3ヶ月前、梅雨入りしてすぐのよく晴れた日曜日のお話です。 午後には、間宮くん(私は娘の旦那さまを、noteではそう呼んでいます)のご両親が我が家にいらっしゃるので、私は朝からなぜか、キッチンの換気扇を大掃除していた。 キッチンには来られない予定なんだけど、なんとなく、家の空気をきれいにしたくて。 5月に長女は籍を入れ、晴れて間宮くんと夫婦になった。家族みんなの予定が合わずに先延ばししていた「両家の顔合わせ」という儀式が、入籍後にやっと行われることになった。 結納

初めて「あなたにお任せするわ」と言われた日のこと

私は社会人になってからずっと広告営業をしている。 一度の転職を経て今は取材・ライティングや企画決めなどもしているが、引き続き営業も行っている。育休で2回2年ずつほど抜けているのだが、合計するともう10年以上になるのだろうか(恐ろしや)。 経験も積み、色々慣れてしまっている私ではあるが、それでも初めて「あなたにお任せするわ」と言われた日のことは覚えている。 今日はそのことについて書きたいと思う。 新卒入社したのはインターネット求人広告の会社。私はこの会社のしっかりと取材

永谷園の麻婆春雨の思い出

私は永谷園の麻婆春雨が好きだ。本当に好きだ。 プリプリでモチモチでつるっつるな春雨に、濃厚な麻婆ソースがとろりと絡み、ひとくち口に入れただけで鼻の奥にふわぁっと広がる台湾か中国かベトナムか……どこかあちらの方の楽園。 シャキシャキとしたタケノコ、ぷるぷるチャグチャグとしたキクラゲ、たま〜に見かけるとめちゃくちゃ嬉しい豚肉、大豆でできているソボロ、「え? 唐辛子?」と思いきや実は……の赤ピーマン、そして安定感抜群すぎる人参たち。彼らが口に入るたび、その食感にハッとしてGOO

好かれようとし過ぎてた

異動まで、あと1週間。人生の終わりが残した思いに寄り添う仕事を離れて、来月から、新たな門出から続く長い旅路に花を添える職務に就く。さようならではなく、おめでとうと言える仕事に、少しだけ、心が躍っている。 あと少し、今の部署に在籍するものの、気持ちはすでに新しい部署に赴いている。幽体離脱で、朝礼に参加してる。あとは、現部署から、跡を濁さず、ライトにポップに、姿を消すだけだ。 ということで、金輪際、旧部署の人間に、どう思われても構わない。今まで被っていた猫をキレイサッパリ脱ぎ

ノルウェイの森、葡萄の実

「東京なのに電話番号の市外局番が03じゃないんだね、って地元にいる彼女に笑われたよ」 私達が入学した東京のはずれの大学。そこから数駅のアパートにその人は住んでいた。 そこそこメジャーな大学の、まあまあマイナーで受かりやすそうな独文科。特に男子はたまたま合格したのがこの学科でした、みたいな人がクラスの大半だった。そして彼らの殆どは地方出身者だったため学校の近くで一人暮らしをしており、時間はあるが金はない同士でしょっちゅう誰かの家に集まって遊んでいた。なので私のキャンパスライ

忘れられない雨の日

2016年4月14日21時26分 震度7の地震が熊本を襲った。 その頃、私は恵比寿の焼肉屋で付き合ってもいないのにずるずる1年一緒に過ごした男とデートをしていた。 21時に待ち合わせだったにも関わらず、彼が遅刻をしてやっと乾杯したその直後に関東でも小さな地震が起きた。 「恐いねー」と言いながら、飲んで食べて、夜は地震の事など忘れて眠りに着いた。 翌朝、ニュースを見て呆然とした。 熊本城は崩れ、家が全壊している。 その上雨まで降っている。 呑気に焼き肉を食べていた自分が恥ず

長月に 揺れる 風鈴のこと

まだ残暑の厳しい九月のはじめ。 灼けるアスファルトの上を 先へ先へと急ぎ歩くなか、 信号待ちに 足を止めたときのことでした。 凛、、凛、、、 どこからか、懐かしい、涼やかな音がします。 日傘を下ろして、あたりを見廻すと、 道沿いの家の軒先に 綺麗な風鈴が一鈴、 下げられているのが見えました。 海月のように丸く 下の方だけ少しすぼめた外見は 縁に向かって青いグラデーションの入った 薄手のガラス作り。 そこへ白い糸が通って、 淡い絵をしたためた短冊が キュッと、結ってありま

家を出るダウン症の弟にはなむけをしたら、えらいことになった(総集編)

ゾッとした。 この二年間で、ばあちゃんは認知症になって施設で暮らしはじめ、車いすに乗っている母は心内膜炎で死にかけ、わたしは会社をやめて作家業についた。 ダウン症で4歳下の弟だけは、実家で暮らし、福祉作業所へ通って手仕事をし、マイペースを貫いていた。 ふと立ち止まって、ゾッとしたのは。 この先、わたしや母の身になにかあれば、弟がひとりぼっちになるということ。 わたしですら、ばあちゃんの介護がはじまったとき、役所で福祉の手続きをしたらあまりに面倒でややこしく、泡吹いて倒

エンタメと日常の間のレモン水

めちゃくちゃ水分をよく摂る。 美容とか健康とか以前に水を飲むのが好きなのか、とにかくよく水やお茶を飲んでいる。1日、多いと3リットル以上飲んでいるかもしれない。 タバコは人生の句読点と何かで見たが、その句読点が私はおそらくややみずみずしい形で置かれているのだと思う。常に傍にはマグカップや水筒やペットボトルがあり、気がつくと飲んでいる。特に今年の夏は、句読点どころか文節ぐらいの区切りで飲んでいた。 ところで、年齢を重ねるにつれ自分の中でエンタメ水分と日常水分を分けて考えるよう

カフェで充電器を貸した話

カフェで作業していると知らないお兄さんに声をかけられた。端の端のそのまた端とはいえ、芸能界に所属している身。数少ないメディア出演を見てくれたのだろう。ありがたいことだ。最大限の感謝と愛情を会釈に込める。だがそんなお兄さんが発したのは予想外の一言だった。 「iPhoneの充電器貸してくれませんか?」 聞けば、携帯の充電が0パーセントになってしまい困っているとのこと。嫌な感じの人でもなかったし、なにより不意打ちの展開に動揺していた僕は「いいですよ!」と二つ返事で充電器の貸し出