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午前3時のカツ丼

「ごめん」と謝ったあとも、少しだけ気まずいような空気が流れていた。

※この記事の直後のはなしです

わたしはそれまで、籠城と称し部屋にこもり
好きなだけ眠り、日課のnoteを書いて安心して、
「ごめん」を伝えることもできたので、すっかり安心しきっていた。
眠りすぎて、眠くもなかった。

同居人は、疲れた顔をしていた。
怒っているのかと思うような表情の大半は疲れているときで、
わたしは、本人より先に察する。
本人はまぬけなもので「ちょっと疲れたけど、ぜんぜんへいき」なんて言う。
へいきじゃないのに。
とげとげしてるし、よそよそしいから、わたしはあんまり近づかないようにしている。

そろそろ眠ったほうがいいけれど、わたしのからだはとっぷりとソファーに沈んでいる。
ソファーの怠惰さって、どうしてこんなに甘い蜜のような誘惑なんだろう。
きちんと眠る準備をして、ふとんにくるまればいいのに
ついついわたしは、ソファーでごろごろしてしまう。

キッチンから、何かを炒めているような音が聞こえてくる。
もう、夜中の3時過ぎだ。
「カップラーメンを食べるのがめんどくさい」と言った男が、なぜキッチンに立っているのだろうか。
まあ、そういうときもあるか。
それにしても、人が料理をする音って、なんだか安心してしまう。

そろそろ眠ろうと立ち上がったけれど、やっぱりフライパンの中身が気になってしまった。
なんで、蓋をしてあるんだろう。
蓋をしてあると、なおさら気になる。
うちの蓋は、真ん中が透明になっているんだけど、この距離では、中身は見えない。
背伸びをして覗き込もうとしたけれど、見えなかった。

わたしは、そのままの姿勢で、蓋が開くのを待った。

同居人は、そんなわたしの様子をしばらく眺めたあと、笑った。

それは、さっきまでの疲れを感じさせないような
気の抜けたような、そういう笑い方だった。


「カツ丼、食べる?」

「はっ?? カツ丼!!??」


深夜3時半。
なぜ、この男はカツ丼を作ったのだろうか。
カツ丼?
作るか?
いま?

「冷凍庫に、カツ入ってたから」

半額のお惣菜を買うのは、この男の趣味と言っても過言ではない。
安いものを見つけると、ハムスターのように蓄えたがる。

「食べる?」、もう一度尋ねられる。
「……食べます」
「ごはんあっためな」

べつに、お腹が空いていたわけじゃない。
カツ丼は、世界でいちばん好きな食べ物でもない。
それでも、この誘惑はなんだろう。
確固たる意志がなければ、断れないような気がした。
そしてわたしは、そんな意志なんて、持ち合わせていなかった。


なんでわたしは、こんな夜中にカツ丼を食べているんだろう。
「なんか、おなかすいてそうだったから」と言われたけれど、なんでこのひとはこんなに見当違いなんだろう。
だいたい「おなかすいてない」って言ったのに。
人の話を聞いていないのだろうか。

それでも、わたしは目の前のカツ丼を食べる。
カツ丼って、なんでこんなに元気が出るんだろう。
たまねぎって、なんでこんなにおいしいんだろう。
このたまねぎは、何味だろうか。
いつもの、うちの味がする。

さっきまでの気まずさなんてうそみたいだった。

そして、おなかが空いていないなんてうそみたいに、わたしはたくさん食べた。
「おいしいから!悪いんだ!!!」
「知らないよ」と言った横顔は、もう疲れていなかった。


ごはんを食べると、元気になる。
たぶん、元気になるように作ってくれているのだと思う。
バランスとか、わたしはそういうのよく知らないけど、気にしてくれていると言っていた。
ひとりで適当に食べる食事は「ごはん」というより「カロリー摂取」の概念に近い。

夜中に元気になってどうするんだよ。
でも、まあいっか。
べつに、悪くない。

そういえば、吉本ばななさんの「キッチン2」という話でも、深夜にカツ丼を食べていた。
カツ丼って、魔法の食べ物かもしれない。

わたしは満足して、ソファーに沈み込んだ。

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