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近くと、遠く

「これだ!」
君が力強く頷いて、かがんでシャッターを切る。
わたしは、その横顔を忘れない。



すみだ水族館の大水槽の裏には、小さな窓がある。

大水槽の裏は順路から外れていて、通らなくても1周回れてしまう。
すべてを見終えて、大水槽の前でぼんやりしたあと、「あっち側も見なくちゃ」と、立ち上がるのがいつものコースだった。

他より少し細くて暗い道を、わたしたちは歩く。
そうして小さな窓から、大きな水槽を見つめる。
これはきっと、潜水艦の窓なのだと思う。
そんなふうに思わせてくれる、とびきりのときめきだった。

窓はいくつかあって、高さが違っていて、背伸びをしたりかがんだりしながら、ひとつずつ覗き込む。
窓の中で「うわあ」と声を漏らすと、ぐわんと響いて聞こえる。
やっぱり、水の中にいるみたいだった。

わたしたちは、窓がもたらす特別さに歓喜する。
きれいだね、と言い合う。
そして、シャッターを切る。
でも、歓喜の美しさは、わたしのiPhoneにも、アマノさんのカメラにも、うまく収まらなかった。



「これだ!」と叫んだとき、アマノさんは窓から数歩下がって、カメラを構えていた。
「こういうのが撮りたかったんだ!」と言いながら、かがんでシャッターを切る。

そうかそうか、そんな景色が見つかってよかった。
友達のよろこぶ姿は嬉しいもので、その横顔を、わたしはほほえみながら見つめていた。
「きれいに撮れたなら、あとでその写真くださいよ」という、下心付きで。



わたしはこの日のことを、時々思い出すようにしている。

きれいだ、触れたい、と思うと人は近づきたくなる。
逆に、まばゆい光に目を焼かれそうになったときは、そこから動けなくなる。

でも、もしかしたら。
少し下がって見る、その視野の広がりが美しさかもしれない。
遠いことが、また別の何かと混ざり、新しいひらめきを与えてくれるかもしれない。

まばゆく見えた光に近づいてみれば、光源はうんと小さく頼りない光なのかもしれない。
周りがうんと暗くて、そう見えただけ、っていうのもあるかもしれない。

わたしは、何度も思い出す。

違う角度から見てみよう、と。
少し離れたり、横から、
ひとつのものを、違う角度で見てみよう。
そうしたらまた、新しい発見があるかもしれない。
わたしはずっと、覚えてみよう。



アマノさんから、写真が届いた。

少し離れたところで撮影したこの写真は、わたしたちが見た「潜水艦の窓」が、美しく切り抜かれていた。


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【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
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