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花子出版 hanaco shuppan
2021年10月9日 10:36
始まり 年代物の赤ワインが、透き通るほど磨かれたワイングラスに注がれていた。ワイングラスは高層ビルから溢れる光を受け、薄い縁が刃物のように輝く。二つのうち、片方のグラスの縁には、薄い桃色の口づけが付いていた。グラスの間に置かれたキャンドルは、親指くらいの炎を上げ、時の経過を穏やかに奏でつつ、テーブルを挟む若い男女を眺めていた。どこか、覚束ない炎だ。空調が効き過ぎているわけではなく、紺色の蝶ネク
2021年10月16日 07:19
-吉田と再会 - 入り口には、吉田が立っていた。前回会った時と同じ風貌だ。 大輔は息を飲んで、吉田を見た。感情が高揚する。それは、単なる探し人を見つけた時のような些細な感情ではなく、前世から探し続けた故人と再会したような、懐古的感情の揺さぶりだった。手に持つグラスが熱く感じた。 吉田は風のように歩き、カウンター席に座った。女の店員が吉田の前に立った。吉田は無表情で注文する。聞き逃すま
2021年10月17日 09:27
東京地下施設で繰り広げられるものとは 大輔はコツコツと乾いた音を立て、鉄筋の階段を降り続ける。かれこれ、何段降りたか分からない。降っているのは確かだろうが、落莫とした同一の景色が続き、まるで階段を登っているように錯覚してしまう。疲労はなかった。数回ほど、前を歩く吉田へ話を掛けたが、いずれも回答なかった。 周りには、鉄筋の階段を照らすための小さな豆電球が随所で輝く。見る限り、エレベーターはな
2021年10月18日 07:06
吉田の戦い 対峙していた吉田と宮本は、戦術を探り合うように距離を詰めてゆく。吉田は左手を前に突き出し、右手は腹部付近に置き、膝を軽く曲げた構えだ。吉田が摺り足で動いていると、ボクシング出身の宮本は俊敏な足取りで吉田の背に回ってゆく。背後を取られると、試合運びが困難になるだろう。 大輔は、年末に家族と格闘技の番組を見るほどの知識で、格闘技に関して博学ではない。既知は、ゴングが鳴り、ゴングが鳴