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Balefire of a palm

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series/手のひらのかがり火 篝火はいつもおまえの手のひらに
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『手のひらのかがり火』目次

『手のひらのかがり火』目次



炎を好きな形へ変えることができる、不思議な力をもった青年。彼が営むのは小さな角灯屋。人が不思議な力を宿す町で、彼は誰かと出会いながら進んだり、また戻ったり、立ち止まったり振り返ったりして、誰かの心を灯し、灯されながら少しずつ歩いていく。篝火はいつもおまえの手のひらに。

『手のひらのかがり火』
i ・・・・・ 羽ばたく陽
ii ・・・・・ ひなたの天球
iii ・・・・ 寂しさのひとかけら
i

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羽ばたく陽

羽ばたく陽

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 角灯屋の奥の部屋、その小さな工房には窓の外が薄暗くなったことにも気付かず作業机に張り付く一人の青年がいる。彼は額から自らの手へと滴り落ちた汗によって意識を浮上させた。もう少し。それだけを呟いて彼は、再び意識を目の前のランタンに沈めてゆく。それこそ時間が経つのが惜しいというように、机に歯を立てながら。
 ここは角灯屋〈永刻堂〉。
 〈永刻堂〉とは、永い時を刻む、そういった意味をもつ店名であ

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ひなたの天球

ひなたの天球

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 遠くで大きな炎が燃えている。そう錯覚してもおかしくはないくらい、今日の夕陽は赤々と輝いている。
 丹はぼんやりと、街が見渡せるこの丘の上で、燃える夕陽を眺めていた。肌に生温い風が纏わり付く。彼は肩に下げたショルダーバッグから小さな球体を取り出して、夕陽に翳した。透明な半円形の中で煌々と炎が舞う、スノードームに似たそれはまさしく彼がつくったものだったが、さすがに夕陽の炎には敵わないらし

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寂しさのひとかけら

寂しさのひとかけら

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 東からやってきた柔らかい光が、持て余している両の手のひらを淡く照らす。
 店の椅子に座りながら、丹はぼんやりと時計が時を刻む音を聴いていた。
 ――時計、というと、一人の人を想い出す。
 それは自分の母、何の前触れもなく、丹が十五のときに家から出ていってしまった母のことだった。
 母は時計職人だ、おそらく今もそうだろう。丹の母も、丹と同じように不思議な力をもっている。やはりそれは、丹

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白火飴

白火飴

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 手のひらの炎に炙られて、ひび割れるガラスが声を上げるのをただ眺めていた。
 その手から滑って落ちていく色とりどりのガラス玉を追うことも拾うこともせず、丹の瞳は工房から店内へと転がっていくガラス玉の一粒を虚ろに映している。霞んでよくは見えない両目に、似合わないから、と普段はかけない眼鏡を押し当て、飴色のブランケットを頭から被って作業台に突っ伏す。部屋を満たす空気はどこか冷たく、丹は突き

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光のたてがみ

光のたてがみ

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 扉を叩こうとした手を引っ込める。
 ここ三十分はこれの繰り返しだった。
 硬質な白の石壁に漆喰でできた両開きの扉、その中心には鐘の形をした銀色のドア・ノッカーが付いている。扉のすぐ上には歯車の模様が意匠として凝らされている〝時計店〈トキツゲウサギ〉〟の看板が堂々と胸を張ってこちらを見据えていた。此処は、町の大通りから少し外れたところに在る時計店の前である。
 その前で立ち竦んでいるの

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ふるえる燈火

ふるえる燈火

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 自分は耳の中に心臓があるのか。
 馬鹿げていると分かりながらも、しかし彼はそう思わずにはいられなかった。怖がりな青年の心臓は鳴り止まず、それどころかそのうるささを一歩二歩と進むたびに増すばかり。だが、それでも彼は確かに歩を進めたのだった。扉を自らの手で開き、確かに。
 扉を開けた向こうに見えてきた目的の人影に、丹は自らの心臓が一瞬止まったのを感じた。強く手のひらを握って、気を抜いたら

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こころ映しの花束

こころ映しの花束

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 〝ニシキマコト〟という男は、ばかな男である。
 鼻の先に差し出された花の一輪を見つめながら、町を気ままに散歩していた一匹の犬は思う。
 そうなのだ、この男は底抜けにばかなのだ。今日、最初に花屋でこの男を見かけてから、おれはずうっとそう思っていた。ほんとうに、ほんものの、仕様のない――

「――ああ、そうそう、それくらいの大きさの……そう、あまり派手じゃない感じがいいな。え?……あ、う

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沸騰

沸騰

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「いいぞ、もっと反抗しろ、少年」
 ……それが、父の口癖だった。
 父のさながら根なし草のような行動への不満や、自分なりの意見を彼にぶつけたとき、決まって父は快活に笑い、片手を軽く振りながらこの台詞を言うのだった。
 これを言われるたびに、父に自分のことを軽く見られているような、所詮子どもの言うことだと馬鹿にされているような、すり抜けられたような、突き放されたような、かわされたような気

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ひびの結び目

ひびの結び目

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 靴紐を結んで、外に出る。
 生ぬるい風と朝の光を頬に感じながら、丹は寝不足で涙が滲んだ目元を軽く擦って、深く息を吸った。それから落とすように溜め息を吐き、こめかみの辺りを押さえる。朝の太陽はまばゆい光を惜しみなく放っていた。
 ――痛いような気がする。……苦しいような気がするのだった。息を吸う、それだけで。
 父の病が安静にさえしていれば日常生活に支障のないものだということは、数日前

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花、光、太陽、こころ

花、光、太陽、こころ

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 指先に光がさざめいている。少女の両の手のひらの中で揺れる小さな太陽をぼうっと眺めながら、青年は瞳の奥の方が滲むのを感じつつあくびを噛み殺した。と、いうのも、彼は今、少女の手のひらに収まる太陽――その光の色と温度のあたたかさに時折、瞼が落ちそうになっているのだった。少女がちらっとこちらを見ては忍び笑いを漏らした。
「何か、子どもみたいな顔になってますよ」
「うーん……? うん……」
「あら

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逃がした火の粉は甘かった

逃がした火の粉は甘かった

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 時計店〈トキツゲウサギ〉は、本日定休日である。困ったように笑っている青年――丹は休日の時計店で、先日と似たようなかたちでカウンター越しに母と対峙していた。休日に時計店を訪ねてきた丹は母に、この間のお返しと言わんばかりに――いわゆる、〝恋ばな〟をさせられているのだった。何とか話題を逸らせないかと、丹は自分の目の前に置かれている珈琲を指差した。
「母さん……俺、ブラックはあんまり……なんだけ

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雨を待つなんてばかなこと、それでも光る雨を知っている

雨を待つなんてばかなこと、それでも光る雨を知っている

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 強くも弱くもない雨が、それと似たようにぬるい温度で頬を打った。
 透明な雫たちが空から突然降りはじめたために、慌てて雑貨屋へと駆け込んで傘を買った丹は、その辰砂の瞳に鈍い青の混じった雨雲を映しながら少し唸って頭を掻き、こぼすように溜め息を吐く。
(……すぐ止みそうだな)
 それでもないよりはましだ、というように彼は今しがた買った傘を広げ、右手でそれを持つと左手には店の宣伝がてら持ち歩いて

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