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( 'ω' )「プペルというのかい?贅沢な名だねぇ……」

このNOTEは個人的な映画やアニメ作品に対する趣向、性癖をまとめたものであって、タイトルと以下の内容とは何の関係もありません。

0.”泣くために見よう”っていう宣伝がよく分からん

テレビCMで「映画館で泣こう」的な宣伝が流れていることに違和感がする。作品を見ていて結果自然に泣くのは分かるけれども、見る前から泣くことを要請(?)するのは作品に対するリアクションの自由を奪うということだ。受け取り方くらいは個人の好きにさせて欲しいと思う。

1.わくわくする世界

求める世界
自分はよく「世界観」と形容しているが物語の舞台設定全般を指す。場所や気候、文明の進み具合、エネルギー源、人々の衣食住、生活様式、歴史、生物・植生など「初めて見るけど、ここに行ってみたい」と思わせる詳細に作り込まれた美しい世界であるほど物語に対しての期待が高まる。それに加えて、その世界で起こる不思議な現象や秘められた謎を小出しにしたりくれると更に引き込まれるし、最後まで全てが語られずボカしてくれれば余白の美として考察が捗り、余韻に浸れて嬉しい。

苦手な世界
既存のゲームを流用したような、戦いを中心とした既視感を感じさせる世界観の設定が最も苦手だ。その理由は2項(1)に記す。

2.物語について

求める物語
世界観で魅了された作品であれ、日常系であれ、自分が物語に引き込まれている時は大体「良く分からん!」と「早く続きを!」がごちゃ混ぜになっている。言葉にするなら①美しい世界観、②理不尽の描写、③人間関係の贅沢を物語に求めていて、それによって心が動かされると嬉しくなる。この3要素に関してはアニメ「鬼滅の刃」の感想で語っているので是非。

苦手な物語
(1)主人公が淡々と敵を倒し続ける話が苦手だ。途中で「あぁ、今度はこの敵がなんやかんやあってぶっ倒されるわけね」と察してしまって集中が途切れてしまう。とりわけ、主人公が労せずに得た力や技術、知識で周囲の敵や愚民を驚嘆させていくタイプの物語は冷めるのが早く、能力値MAXでRPGを作業的に進めているような気分になる。能力の凄さを見せつけるよりもそこに至るまでの準備や経緯、過程、戦略の方を自分が重要視しているからだろう。

(2)冒頭でとりあえず不幸な境遇を女性キャラに背負わせた上で、そこに何の関係性の無い男性主人公が現れて、ふわっとした理由や下心だけで無理やり助けようとする話はマッチポンプ的で苦手だ。女性キャラが不幸から解放されることは物語の終わりを意味するので、最後までずっと不幸な姿を見続けなければならないのが辛い。また、男性主人公の恩着せがましさと身勝手さによって不快感が増す。”目的のキャラのカッコ良さを引き立たせるために誰かを不幸にする” のはよくある手法だが、これのやりすぎは一方のキャラしか立たないので自分は好きではない。

3.他趣向

正論 vs 理想の構図
敵には敵なりの正論を吐かせ、主人公がそれを否定して理想で立ち向かう展開が個人的に望ましい。反対に、主人公に正論を吐かせてしまうと物語が説教臭くなって、作者の考えを押し付けられているように感じるのでやって欲しくはない。

主人公と渡り合う強敵
悪事を働いている敵キャラを主人公が倒す流れはよくあるけれども、敵の中にある人間としての厚みが感じられないと「こいつ倒されるためだけに出てきたの?」という不満が残る。なので、敵には己の正義や信念、美学を持たせて、主人公とぶつかり合いながらお互いにキャラを高め合う方が物語に深みが増すと思う。

安直な演出・表現
本編とは直接関係ない女性キャラのサービスシーンをいたずらにねじ込んで中身の無さをごまかしたり尺を消費する行為、あるいは本来動きで演技すべきところをセリフやナレーションでぐだぐだ説明してしまう表現などの安直さはできるだけ省いて欲しいと思う。

終わりに

物語として好きな部分と苦手な部分をまとめた。好きな要素を含む作品は気に入りやすく、苦手な要素を含む作品は取っ付きにくかったり途中で切りやすい。だからと言って、自分が苦手な要素を含む作品を駄作と言っているわけではない。

自分には苦手であっても誰かにとっては最高の作品かもしれないから否定や批判はせず、「こう感じたからこうした方がより効果的ではないか?」みたいな(余計なお世話でしかない低レベルな)考察をすることにしている。それに加えて、客観的な立場から「この作品の面白さはどこに由来しているのか?」を考えて言語化するのが今の楽しみになっている。

「ためになるわ」と感じて頂ければサポートを頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。